恋々と花綻ぶ

4/6
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 先生は捨て猫を拾うのが趣味なのね。違う。濡れ鼠ね。そう言ってクスリと微笑んだ娘の顔を、僕は不躾に見つめ続けた。 好きでも嫌いでもない。これといって惹かれる要素も見当たらない。唯一惹かれるとすれば、先生に愛されているその細い身体だけだった。 先生はどんな風に君に触れる? 無意識に、僕の口からそんな言葉が溢れ出た。はっとした。知りたい。いや、本当は知りたくなどない。僕は、薄く開きかけた娘の口を掌でそっと塞いだ。 知ったからといって、何も変わらない。そう思う。けれど、全てが変わってしまうような空恐ろしさも感じてしまう。僕は先生が娘を抱くところを想像するようになるだろう。昨晩はどんな風に愛したのだろう。今晩はどんな風に愛すのだろう。そんなはしたないことを考えながら、僕は先生の背中を見つめるようになる。先生の華奢な指を見つめるようになる。馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿馬鹿しい時間だ。どれ程羨んでも、どれ程妬んでも、僕は——先生に愛されることなどないのだから。それだけは、なにをどうやっても変わらない。 娘は僕の掌をそっと両の手で包み込み、そのまま薄桃色の頬に擦り付けた。あなたは先生のことが好きなのね。そう言うと、娘は長い睫毛を伏せ、静かに涙を零した。同情するなよ。そう言いかけて、口を噤んだ。真っ直ぐに僕を見つめている娘が、そんなことを考えているようには少しも見えなかったからだ。 先生が触れた君の唇を僕が欲しいと言ったら、君は怒るかい? 僕の言葉に、娘はゆるゆると首を横に振った。頬と同じように薄桃色をしたその唇に、僕は自分のそれを静かに重ねた。あぁ、柔らかい。柔らかくて——嫌になる。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!