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緑と琥珀、そして強行犯係の四名の男性捜査員たちが三階の講堂で捜査内容を報告しながら待機している中、中村早苗の検死解剖の結果が出たのは、それから四時間後のことだった。
隣に居る琥珀の目が真っ赤に充血していることに違和感を覚えた緑だが、今はそれどころではない。
「死因は大動脈解離。この事案は、被疑者死亡で処理を進めていく!」
氷野係長の言葉に、あちらこちらから深いため息がこぼれた。無理もない。今までの苦労が水の泡になった挙句、これから残された作業は検察庁に提出する膨大な量の調書作成なのだから。
「氷野係長!」
湿った空気が漂う講堂に緑の覇気のある声が響いた。室内に居る捜査員全員の視線が緑へと集中する。
「何だ、千歳」
「まだ、気になる点がいくつかあります。それに殺害動機も明確になっていません」
「千歳……おまえが女性強行犯担当とは言え、これ以上は無駄だぞ。地取り(聴き込み)の情報から、マル害(被害者)は芸能関係のジャーナリストで中村早苗のセクシュアリティに関するネタを掲載しない代わりに繰り返し金を要求していた。それがエスカレートした為、耐え兼ねた中村早苗は弟を殺害。これが事件の真相だ!」
「ですが、本人は愛する人の為の犯行だと供述していました。その対象とマル害との関係性が明らかでない以上、結論はまだ出せません」
「死人に口無し。今後の捜査で得た情報が事実であるか否かを確かめる術はもうない。そんなものの為に貴重な人員を回すわけには、いかないだろう。ただでさえ人気女優の起こした殺人事件として、世間やマスコミに騒がれることは決まってんだ。こういうのは、サッサと処理して鎮火するに限る」
「ですが……!」
「おい、くどいぞ。文句を言っている暇があったら、さっさと調書の作成に移れ!」
氷野係長の強い語気に、緑は反発心を隠せず、思わず拳を握った。
周囲にいる男性捜査員四名も“それ以上余計なことは言うな”と目で訴えている。
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