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「正論ですね。でも……でもね、刑事さん。わたしの弟は、生きていてはいけない人間だった……。金に汚く、平気で人を裏切り、わたしの最愛の人まで傷付けた」
「あなたの最愛の人?」
「はい……。彼女はわたしの気持ちを受け止めて、いつだってそばにいてくれたんです」
その証言を聞いた緑は腑に落ちた様子で静かに瞬きをした。
―――― 中村早苗はあまり浮いた話を聞かないと思っていたけど、同性愛者だったの……。
「その女性の名前は?」
「名前は……言えません。だって、それを言ったら彼女に迷惑が掛かりますから」
「そうですね。ですが、あなたがこの話をした時点で、名前を教えて貰えなくても私たちが捜査することになります」
「これはわたしが一人で勝手にやったことなんです! 普通の人……いえ、正しい人間は皆、殺人なんて愚かな真似はしないんでしょうね。でも、愛する人の為なら、彼女を守る為なら、わたしは弟の命を奪うことができてしまった……。気付いた時には、両手が血に染まっていたんです。でもね、刑事さん。わたしは後悔なんてしていません。本気で彼女を愛していたから!」
「つまり、あなたが弟さんを殺害したのは、究極の愛情表現というわけですか?」
「…………はい」
「そんなものはただのエゴです。自分の罪を正当化するために押し付けられる愛情ほど、迷惑なものはない」
言葉を詰まらせた早苗に対して、緑は低く唸るようにその言葉を吐き出した。
「刑事さんには、自分の全てを捨ててでも守りたいと思う、本当に大切な人がいないんですね……」
早苗が憐むようにそう告げると、対峙する緑の瞳には怒りの火が灯った。
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