僕らのいま 地球の裏側で虹をかける

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 僕がコーヤに出会ったのは、4年前の東京。友人に紹介された本を探しに行った大型書店、そこで働いていたのが彼だった。  僕はその時点で2年間日本に住んでいて、少しは日本語を話せるつもりでいた。それなのに最初に声をかけた店員はちゃんと話も聞かずに僕を待たせ、若い男性店員を連れてきた。  艶のある黒髪とシャープな目元。昔ハリウッド映画で見たサムライの息子みたいだと思った。それが、未来の僕の恋人だった。 "May I help you? "  英語で問われ、やっぱりと思った。どうして日本人は、金髪の人間は誰でも英語を話すと思っているんだろう。僕は英語がほとんど分からない。だからさっきと同じ説明を、たどたどしい日本語で繰り返した。 「本を探しています。世界の言葉、日本語できない言葉がたくさんあります。硬い本、きれいなイラストがある。これくらいのサイズ……分かりますか?」  付き合ってから、コーヤに怒られた。題名も出版社も、正確なデータが何もない状態で本を探せと言われるのは迷惑だと。それでもあの日、そんな無茶振りに応えてくれた彼との出会いは、やっぱり運命としか思えない。 "Commuovere (コンムオーベレ) ? "  彼の唇から発せられたその音に、僕は耳を疑った。それは僕が探していた本で紹介されている、唯一のイタリア語の単語。そしてその発音は、日本人とは思えないほどに美しかった。 「イタリア語を?」 「少し話せます。今の言葉が紹介されている本ですか?」  僕は顎を上げた。興奮して舞い上がり、肯定を示すそのジェスチャーが殆どの人には通じないことを忘れて。 「『翻訳できない世界のことば』ですね。持ってきます、お待ちください」  コーヤはクスリと笑って立ち去った。背筋の伸びたその後ろ姿も、足をさばくたびに揺れるエプロンの裾も、やっぱり小さなサムライみたいだった。  その日から、僕はストーカーのようにその本屋に通い詰め、彼に愛を囁き続けた。根負けして教えてくれた彼の名前はどんな宝石より美しく、彼が初めて僕の名前を呼んでくれた時から、平凡だと思っていたその響きは特別なものになった。  彼が持って来てくれたその本は僕の宝物で、今は海を越えたこの部屋に飾ってある。  二人で暮らすと決めた、ハチドリの来るこの部屋に。
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