僕らのいま 地球の裏側で虹をかける

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「フェアだな」  この国への移住を提案したとき、コーヤはそう言って笑った。  差別も偏見も、法律上の不自由もないところで暮らしたい。それを第一条件に、僕らが一緒にいられる場所を調べた末にたどり着いたのは、スペイン語が公用語の小さな国だった。僕らのどちらも話せない言葉で、どちらも行ったことがない、どちらの知り合いもいない国。何のしがらみもない代わりに、誰も頼れない。  そんな場所で生活することを、コーヤは恐れなかった。むしろ楽しみだと目を輝かせて、翌日には職場の本屋でスペイン語のテキストを買って来た。  もしも恋人が女性なら、見知らぬ国で、僕は彼女を守らなければと気負っただろう。でもコーヤは男で、しょっちゅう風邪をひく僕なんかよりずっと丈夫で、これから世界がどうなろうと、どこに住もうと、一緒に闘っていける。  それはとてもフェアだと、僕も思う。 「ハチドリが増えたよな」  吸い口の花を取り合うように羽ばたく二羽を眺めながら、コーヤが呟いた。 「世界中の街で動物が増えたり、空気がきれいになったってニュースで見たよ」  未知のウィルスの蔓延により、世界中の人々がそれまでとは違う生活を送っている。コーヤが働いていたレストランは閉店し、僕が講師をする語学学校はオンライン授業に切り替わった。外出禁止令発令下のこの国では、食料品の買い物は週に2回まで。ネットで申請して政府の許可を得ないと、家から出ることもできない。  そうやって人間が活動を抑えていることで、悪化の一途を辿っていた環境は劇的に改善し、地球が浄化されているようだとしきりに報じられていた。 「結局、地球にとって人間は…… 」  言いかけたコーヤの唇に、僕は人差し指を当てた。  彼はときどき悲観的になる。世界人口の増加を問題にしながら各国が少子化に取り組むのは矛盾していると以前(まえ)零していたから、最近の現象には特に思うところがあるのだろう。 「少なくとも僕らは、地球に人間を増やしたりはしないよ。だろ?」  僕の言葉に、コーヤは穏やかに笑った。  君たちの関係は非生産的だ、日本に住んでいた頃、そう批判されたことがある。でも、どんな関係が生産的かなんて、誰に言えるのだろう。この地球上の食料を、人間が食い尽くそうとしている今の世の中で。
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