3話

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3話

そんなこんなで始まってしまった、期間限定の課長との同居生活。 家でも仕事でも一緒だなんて、悲しい事この上ない。 だって家でも気が抜けないんだもの。 「おはようございます…」 「おはよう。」 きちんと身支度を整えてからリビングへ出ると、課長が丁度席を立つところだった。 もうバッチリ準備してる。 もしかして、今から出社するのかな。 「俺はもう出るが、お前はいつも通りでいい。」 「あ、はい。行ってらっしゃい。」 「…」 ん?何か課長の動きが止まった。 「どうかしましたか?」 「いや…何でもない。行ってくる。」 玄関が閉まるまで一応見送って、ホッと息を吐く。 朝から課長といるの、やっぱり緊張する。 それにしても、いつもこんなに早く出社してるのかな。 「あ。」 コーヒーを飲んだと思われるカップが、テーブルに置き去りにされている。 会社ではいつもビシッとしてて、ちょっとしたミスも見逃さない人だけど、案外家だとゆるゆるなのかな。 お風呂溜めながら寝ちゃったりもするし。 課長のプライベートとか想像したこと無かったけど、やっぱり同じ人間なんだなぁ。 その日の夜、先に帰ってきて晩ご飯を作っていると、玄関の開く音がしてビクッとなる。 予想よりも早く帰ってきちゃった。 課長が帰ってくるまでに全部終わらせるつもりだったのに。 「ん?」 リビングに入ってきた課長は、匂いに気付いてこちらを見る。 カウンター越しに目が合ってしまった。 1時間前まで会社で一緒だっただけに、何だか不思議な感じがする。 「…すみません。キッチン勝手に使わせていただいてます。」 「別に構わない。」 「課長は夕食は…」 「外で済ませてきた。家で食べる事は基本的に無いから、好きに使っていい。」 そう言って自室へ入っていった。 まぁこのキッチンを見る限り、課長が料理をしないというのは何となく分かってたけど。 それならのんびり作って食べれるな。 同じ空間に課長が居ないことで、ちょっと気持ちが緩んだ瞬間、部屋着に着替えた課長が出てきた。 そしてそのままリビングのソファーに座り本を読み始める。 …いや、いいんだけどね。 ここは課長の家だし。 でも、せめて私が食べ終わるまでは部屋に居て欲しかった… もう気にしないで、自由にしちゃおう。 元々こうなってるのは課長のせいなんだし。 そうだそうだ! なんて心の中で自分を加勢しながらも、テーブルの端に作った夕食を置いた。 …やっぱり課長の前で堂々と食べるなんて無理だ。 落ち着かないし。 「…いただきます。」 隅っこで食べ始めてしばらくすると、何となく視線を感じる。 目を向けると、課長と視線がぶつかった。 「あの…何か?」 「いや…何でもない。先に風呂に入らせてもらう。」 「はい。」 そのままお風呂に向かう課長を見送って、ホッと息を吐く。 この間に食べ終えて片付けちゃおう。 洗い物を終えてキッチンを綺麗に整えた頃、丁度課長がお風呂から上がってきた。 「お前も好きなタイミングで入っていいぞ。」 「…ありがとうございます。」 …課長って、独身なのが不思議なぐらい実は男前だよね。 そんな人のお風呂上りの姿とか、目の毒だわ… 女より色っぽいって何なの? 自信失くす…。 でも本当、何で独身なんだろう。 厳しいから社内の女子は殆ど近寄らないけど、社内の課長を知らなければお誘いの1つや2つありそうなのに。 年齢のせい? でもまだ38歳だよね。 男の人だし、別に年齢とかそこまで関係ないと思うんだけど。 う~ん…謎だわ。 まぁ、私には関係ないか。 お風呂から上がって髪を乾かした後、部屋に戻る前にお水を貰いにキッチンに行くと、リビングのソファーでうたた寝している課長を見つけた。 なるほどね。 こうやって水漏れさせたのか。 部下の事に自分の仕事に… きっと凄く疲れてるんだろうな。 私なんかよりはるかに。 「…あんなとこで寝てたら、風邪ひくんじゃないのかな。」 起こす? あんなに気持ちよさそうなのに、ちょっと可哀想かな。 せめて上に何かかけてあげるべきよね。 でも課長の部屋には入れないし… ん~…私のストールでいっか。 大きいし、厚いし。 部屋から持ってきた物をそぉーっとかけると、少し身動ぎする課長。 起こしたのかと一瞬身構えたけど、ストールに包まるように小さくなって寝続けている。 「…ぷっ。」 何かちょっと可愛いかも。 寝てる姿からは、社内の課長とか想像出来ないな。 それにしてもよく眠ってるけど、少ししたら起きるよね? まさか朝までここでそのままなんてことは… …後で来た時にまだ居たら、さすがにその時は起こそうかな。 そう思っていたのに部屋でウトウトしてしまって、気付いたらもう真夜中。 慌ててリビングに確認に来たら、課長の姿はもう無くてホッとした。 なのに。 「ゴホッ…」 「…課長、もしかして風邪ひいたんじゃ…」 「大丈夫だ。…ああ、それよりもこれ…ゴホッ…返しておく。気を使わせて悪かったな。」 「いえ…」 いくらまだ暖かい時期とはいえ、もうちょっとちゃんとした物をかけてあげればよかった。 絶対これ、風邪ひいてるよね。 表情も何だか辛そうだし… 「じゃあ、俺は先に行く。」 「え?!仕事行くんですか?」 「当たり前だろ。」 「だって体調が…」 「大丈夫だ。これぐらいで休むわけにはいかない。ゲホッ…行ってくる。」 これぐらいって、滅茶苦茶体調悪そうなのに… その後出社してみると、課長はいつもの表情を装っているけどやっぱりどこか覇気がない。 それでもちゃんと仕事をこなしている辺り流石というか… そのせいか、私以外の社員は誰も課長の体調に気付いてないみたい。 マスクをしていても、予防だと思っているようだ。 もしかしたら、今までもこんな風に体調悪くても隠してたのかな。
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