7話

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7話

今日買ってもらったクッションを持ってリビングに入ると、課長はすでにソファーに座って準備万端。 その隣には、同じく今日買ったお揃いのフワモコ羊さんがいる。 結局明日まで待ちきれなくて、1本だけ今夜見ることにしたけど… 眠くなったらどうしようかな。 お風呂も入ってるし、結構歩き回ってるし… 「そうだ。ワインでも飲むか。貰い物があるんだ。お前、飲めただろ。」 「はい。あ、じゃあおつまみにチーズ持ってきますね。」 お酒入ったらますます寝ちゃいそうだけど、まぁいっか。 クラッカーも一緒に持って来ようかな。 お皿の上にチーズとクラッカーを準備していると、食器棚の前でワインボトルを持ったまま制止している課長がいた。 「どうかしましたか?」 「あ…いや、何でもない。…ワイングラスが無いみたいだ。普通のグラスでもいいか?」 「それは構いませんけど。」 「…悪いな。」 どうしたんだろう。 課長の様子が何か変な気がする。 食器棚の前で、何であんな切なそうな顔…? 「それじゃ、とりあえず乾杯。」 「乾杯。」 グラスを合わせてひと口飲むと、ほんのり甘めのワインで私好み。 ワイン飲むの久しぶりだな。 「映画どれにする?」 「課長にお任せします。」 「そうか?じゃあ、これにするか。」 課長が選んだのは推理ものの映画。 最初こそクッションを抱いて、犯人を見逃さないようにと食い入るように見てたのに、ワインが進み過ぎたせいか、それともクッションが気持ち良すぎるせいか、段々と意識が怪しくなってきた。 まずい… 寝ちゃいそう… 映画を見たい気持ちと、このまま眠ってしまいたい気持ちとがせめぎ合っている。 「…っ」 やばい。 今完全に船漕いだ。 「眠たくなったんなら寝るか?」 「いえ…大丈夫です…」 本当は大丈夫じゃないけど、意地を張っているのが自分でも分かる。 もう少し、課長と一緒にいたい… そう考えている間にも、何度も顔を気持ちいいクッションに埋めていた。 「無理はするな。映画は逃げないんだから。ほら、部屋に行くぞ。」 「う~…嫌、です…」 私、酔ってるのかな… なんだか駄々っ子みたいだ。 頑として動こうとしない私に、課長の溜め息が聞こえてくる。 …呆れられたかな。 ちょっとだけ悲しさと後悔を感じていると、自分の体が急に宙に浮いた。 「えっ…?!」 「強引にでも連れて行く。」 「いやあのっ…すみません、自分で行きます!だから降ろして下さい…!」 まさかのお姫様抱っこをこんなタイミングで経験することになるなんて。 どうせならもっと違う時に経験したかった! 「あの…課長?聞いてます?重いので降ろして下さいっ。」 「重くない。あんまり騒ぐとキスでその口塞ぐぞ。」 「は…?」 何を言われたのか理解できなくて、ポカーンとしてしまう。 私の意識がどこかに飛んでいる間に部屋に着いていて、ゆっくりと布団の上に下ろされた。 「…あ、ありがとう、ございました…」 「…お前……いや…ゆっくり休めよ。おやすみ。」 「おやすみなさい…」 さっきの、何だったの… キスするって言われたような気がするんだけど… 聞き間違い? 私を黙らせるために言っただけかな… もし本気だったら… 私は、嬉しいけど。 ドキドキしてあんまりよく眠れなくて、気付いたらもう9時過ぎ。 とりあえず起きなきゃ。 リビングに行くと、課長がソファーで寛いでいた。 「おはよう。」 「あ…おはようございます…あの、昨日はすみませんでした。何だか恥ずかしい姿を…」 ごねた挙句に運んでもらうなんて、申し訳なさすぎる。 「お前にもああいう所があるんだな。…ただ、他の男の前ではあんな姿は晒すなよ。」 「そうですね…気を付けます。」 それだけみっともなかったって事だよね… 出来る事なら時間を巻き戻したい。 もしくは課長の記憶から抹消したい。 「それで、今日はどうする?部屋で休むか?」 「いえ、大丈夫です。」 「そうか。じゃあ予定通り映画見るか?」 「はい。」 だって課長と見られるって楽しみにしてたんだから。 「飲み物とか用意してきますね。何がいいですか?」 「コーヒーでいい。こっち準備しとく。」 「はい。」 ちょっと肌寒いし、ホットコーヒーにしようかな。 朝ご飯もまだだし、軽く食べれる物も一緒に持って行こう。 あ、食器棚からコップとお皿出さなきゃ。 …あれ? これ…ワイングラス、だよね? でも課長、昨日無いって言ってたのに。 こんなに綺麗なペアグラスが目に入らなかったわけは… その時、ふと昨日の課長の言葉が脳裏に蘇る。 ”物には、良くも悪くも思い出や気持ちを蘇らせる力がある” …もしかしてこれ、前の恋人との思い出、なのかな。 もしそうだとしたら、その相手をまだ思ってるって事…? あ、だから昨日、あんな顔… 「時間かかりそうか?」 「あ、すみません。すぐ行きます。」 頭の中に浮かんでくる考えに、嫌な動悸を感じ始めていた。
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