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「ふぅ…これで大体片付いたかな。」 6年ぶりの引っ越しは、思った以上に大変だった。 引っ越すのも面倒で、ずっと住んでいたワンルーム。 だけどさすがに物が増えてきて、もう少し広い所に引っ越そうと漸く重い腰を上げたのが半年前。 どうせなら会社に乗り継ぎなしで行ける場所がいいな。 そう思って探した結果見つかったのは、1LDKの築年数15年以上のマンション。 古いけれど、家賃と部屋の広さ、立地条件がかなり良くて即決だった。 「さてと。さすがに大家さんにはご挨拶しとかないとね。」 最近は引っ越しの挨拶なんてほぼしないけど、同じマンション内に大家さんが住んでいるのに、さすがに挨拶しないわけにはいかない。 大人として、そういうことはしっかりしておかないと。 ご挨拶用に買った手土産を持って大家さんの部屋に行くと、人の良さそうなご夫婦でホッと一安心。 「態々ご丁寧にありがとうございます。何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね。」 優しい笑顔でそう言ってくれたこのご夫婦を、すぐに頼ることになろうとはこの時は思ってもいなかった。 それは、引っ越して数日後の夜。 「はぁ~…今日も1日疲れたなぁ。」 ベッドに入って横になった私の額に、ポツッと冷たい感触。 触ってみると、濡れている。 「水?何で上から…?」 電気を点けて目を凝らして見ると、天井に水滴が付いているような…? 「何で?雨とか降ってないのに。」 降ってたとしても、ここはマンション。 しかも8階建ての5階なのに、上から雨漏りとか普通しないよね? そうこう考えている間に、ぽつっぽつっとベッドの上に雫が落ち始めた。 「え、うそうそ!こんなのどうしたら…」 これじゃ寝れないし、このまま放っておいていいとも思えない。 「そうだ、大家さん!」 もう夜も遅い時間に初老のご夫婦の元へ行くのはちょっと憚られるけど、仕方がない。 だって本気で困ってるんだから! 急いで大家さんの所へ向かって事情を説明すると、一緒に部屋の状態を見に来てくれた。 「あら~、これは…園田さん、申し訳無いけれど少し待っていて下さい。」 そう言った大家さんはすぐに出て行き、数分後に戻って来た。 「原因が分かりましたよ。上の階の方がお風呂を溜めていたのを忘れてうたた寝をしてしまったらしくて。」 「…そうなんですか。」 古い建物だと、それで水漏れしちゃうもんなのかな。 こういうのって、どうなるんだろう? そう思っていると、大家さんの後ろに大きな人影がヌッと現れて、深々と頭を下げた。 「本当に申し訳ありません。家具等の買い替え費用は、こちらで全額負担させていただきますので。」 言葉から察するに、上の階に住んでる人かな。 うたた寝するぐらいだし、よっぽど疲れてたんだろう。 服もまだ…スーツっぽい? 疲れてる時に眠りこける気持ちは分かる。 分かるけどさぁ… 「これだけ水漏れするとなると、配管自体を交換しないといけないかもしれません。天井も張り替えなくてはいけないし、申し訳ないけれどしばらく部屋を出てもらうことに…」 「え?!」 「空いている部屋があればそこに移ってもらうんだけれど、今は空いてる部屋も無いので…。それで神崎さん…上の住人の方がその為にかかる費用は全額負担すると言われるので、それに関しては当人同士で話してもらえればありがたいなと…」 待って。 私ここに引っ越してきたばかりなのに、何処へ行けと? 実家は県外だし、こっちには親戚もいないのよ? 友達だって1日2日ぐらいならお願い出来るけど、しばらくとか頼みにくいし、恋人だっていないのに! 内心パニックになっていると、頭を下げ続けていた原因の彼が顔を上げた。 「本当に申し訳ない。費用は私が全額…ん?」 確かめるように私の顔をジッと見ている男性。 「…園田美音か…?」 え、何で私の名前知って… コンタクトしてないから、ボヤっとしか見えな… …ちょっと待った。 この声、聞いたことある! 目の前の男性が誰なのか確かめたくて、グッと顔を近づけると相手は驚いたのか後退った。 だけど私は、近づいた一瞬で彼が誰なのか分かってしまった。 …知りたくなかったよ、こんな現実! 「神崎…課長…」 その声の主は、社内一厳しいんじゃないかと有名な上司だった。
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