雨と記憶

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 毒を食らわば、とはそのとき思えなかった。  それをいま後悔している。  喉の奥に棘が刺さっているようなもので、  それが消えるまでは、ずっと心の中は雨のままだ。  どこへも進めない。  その日飲んでいたのと同じ紅茶を飲むなんて、どうかしている。  美味しくない。  もう捨てて、終わりにしよう。  無理にでも忘れる。  そう決めてキッチンへ向かう。  と、不意にドアのチャイムが鳴った。  紅茶を流す手を止めたつもりが、滑ってカップをシンクの中に落とす。  驚いた。  こんなときに誰が来たのか。カップを引き上げながら考える。  誰とも連絡を取っていないし、通販も利用していない。  もしかして、  いやそれはない。  ないから、と否定しながら移動する。  恐る恐るドアスコープを覗くと、そこには彼の姿があった。  自ら訪ねてきた割には困った表情をしている。  どういうことなのか、全く分からない。  向き合うのが少し怖い。  けど、話せば私の雨は上がるかもしれない。  白い服に少しだけ染みがついてしまったことに気付いたけど、放っておく。  気にしているその数秒の間に彼が去ってしまう気がして、  何を言うかも考えずにドアを引き開けた。
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