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「雨、早く止まないかな」
紫陽花の葉にちょこんと乗っていた、カタツムリのサムが呟いた。
同じ葉っぱにとまっていた、アゲハ蝶のミアが不思議そうにサムに尋ねる。
「えっ?
君達カタツムリは、雨が大好きだと思っていたけど違うの?」
それを聞いたサムは、首を横に振った。
「それは思い込みだよ。
ずっと乾燥してたら僕らは死んじゃうから湿気は必要だけど、雨は好きじゃない。
雨が降り始めると、ツノの先端にある目玉に雨粒が当たって痛いし、僕達は貝の仲間だけど肺呼吸しているから、大雨で地面に水が溜まると溺れて死ぬ事もある。
だから雨が降ってきたら、急いでブロック塀や紫陽花の茎を登って、雨が止むのを待っている」
サムは、葉っぱの裏側にとまり寝支度を始めたミアに説明した。
ミアは、サムの唯一の友達だった。
「へぇー。
そうだったの。
ねぇサムは、ホタルを見た事ある?
星のようにキラキラ輝いて綺麗なんだって。
私、1度でいいから見てみたいの。
でも私達蝶々は、紫外線の少ない夜には何も出来ない。
ただ、じっと眠るだけ。
こんなんじゃ、きっと死ぬまで見れないわね。
そろそろ、寝る時間。
サム、おやすみなさい」
「おやすみ、ミア。
僕も、今夜はここで一晩を過ごさなきゃいけないみたいだ」
サムは薄暗い空を見上げた。
雨はやみそうにない。
空から落っこちてきた雨粒がサムの目玉に当たり、サムは思わず下を向いた。
次の日の事だった。
サムは、どこからか聞こえてくるミアの叫び声で目を覚ました。
雨はまだポツポツと降っていたが、サムは心臓を切り刻まれるような不安を感じて、無我夢中で紫陽花の茎を降りていった。
急ごうとしても、カタツムリのサムはゆっくりにしか進めない。
「早く!早く!早く歩けよ!
このノロマ!」
自分をこんなに、もどかしく感じた事はなかった。
声のする方に懸命にサムは進んだ。
そんなサムの目に、恐ろしい光景が映った。
大きく張られた蜘蛛の巣に、ミアの体が絡まっていたのだった。
「ミア!!」
サムは大声でミアに話しかけた。
しかし、ミアは泣き疲れたのか、ぐったりとしている。
「サ……ム、私、しくじっちゃった」
ホロホロと涙を流すミア。
サムは考えた。
どうにかして、ミアを助ける方法がないのか。
でもいくら考えても、カタツムリのサムに出来る事はないのだった。
「一人ぼっちの僕にいつも優しくしてくれたミア。
いつも美しい羽を見せてくれたミア。
そんなミアがこんなに苦しんでいる。
それなのに僕は何も出来ない」
ピンと伸びたサムの目玉から、大粒の涙がとめどなく流れる。
ミアはどうにかして逃げようと必死に、もがいたのだろう。
美しい羽は、すでにボロボロになっていた。
ミアは、優しい声でサムにささやいた。
「泣かないで、サム。
私には、サムがいてくれた。
私のために泣いてくれる友達がいる。
それだけで、私はとっても嬉しいのよ」
そんなミアを、蜘蛛は他の昆虫をグルグル巻にしながらも監視するように見ている。
そんなミアを悲しげに見つめていたサムは、急に何かに気付いたように動き出した。
「ミア、すぐ戻るよ!」
そう叫ぶと、サムは川の方へと向かっていた。
川に着くと、サムは必死に川辺の草を見て回った。
クタクタになった頃、葉っぱにとまっているホタルを見つけた。
サムは泣きながら、ホタルに懇願し始めた。
「僕の友達のミアの命が消えそうなんです。
死ぬ前にあなたの光を見せてあげたいのです。
今から、僕と一緒にミアの元に行ってくれませんか?
お願いします。お願いします」
突然現われて素っ頓狂な事を言い始めたカタツムリにホタルは冷たく言い放った。
「嫌だね。
僕達は夜にしか飛ばない。
こんな明るい昼間に飛んで光っても、何の意味も無い。
うるさいな、帰れよ」
それでも、サムは諦めない。
「お願いします。
ミアは大切な友達なんです。
何でもしますから、どうかお願いします」
降り始めていた雨は激しさを増していた。
いつものサムなら急いで、高い所に上がるだろう。
しかし今のサムは、自分の事よりもミアの事で頭がいっぱいだった。
「お願いします。
お願いします」
見て見ぬふりを決め込んでいたホタルだったが、日も暮れ始めた事もあり、仕方なくサムに着いていく事にしたのだった。
大雨で、道には水溜まりがいくつも出来始めていた。
サムは持てる力を全て出して、前に進んだ。
ホタルも渋々、サムの後を飛んでいく。
そして、ミアのいる蜘蛛の巣の下に辿り着いた頃、空は夜の帳に覆われていた。
上を見上げると、かなり衰弱したミアがいた。
まだ息をしているのか。
大きな蜘蛛が、ミアの方をじっと見つめている。
いつグルグル巻にされてもおかしくない状況だ。
「ミア!!」
サムが声をかけると、ミアはゆっくりと目を開いた。
その時、ホタルが光りながらミアの目の前を旋回した。
ミアは初めて見たホタルの光に目を細めた。
そして、綺麗な綺麗な涙をポロリと流した。
「ねぇサム、聞いて。
さっきまで私、寒くてたまらなかったの。
でも今は、とっても温かい。
この世界から消えちゃう前に、星のような綺麗な光を見る事が出来たんだもの。
こんな星降る夜を、サムと一緒に過ごせて本当に幸せよ。
ありがとう、サム…
そして、さようなら、サム…」
ミアは幸せそうに微笑むと静かに目をつぶって、二度とその目を開かなかった。
「おーい、オイラの役目は終わったぞ。
もう帰るからな」
ホタルは地面にいるサムに話しかけた。
返事はない。
雨で視界が悪く、水溜まりしか見えない。
「この雨だ。
あいつも死にたくないだろうし、どこかに登ったのだろう」
そんな事を考えながら、ホタルは川辺に戻るため方向転換した。
ふと、さっきのカタツムリが気になり、ホタルは振り返った。
蜘蛛の巣の下の水溜まりの中から、何やら細長いものが伸びている。
それは、最後までミアを見つめるサムの目玉だった。
しかし程なくして、その目玉も水溜まりに沈んで見えなくなってしまったのだった。
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