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  「児島(こじま)さーん、土木科の測量器届きましたー。検品と廃棄分の手続きお願い出来ますかー?」 「はい……了解です……」  公的機関の職員と言っても公務員ではなく単なる派遣。備品の在庫管理や補修、ゴミ処理、休日の鍵の開け閉め、ありとあらゆる雑用を担う庶務課の更に雑用係だ。契約には期間もあるし給料は言うに及ばずだけど、今のところ一人で暮らして行くだけなら十分と言うか寧ろ過分とすら思う。  この仕事を紹介してくれたのは製図理論を教えていた櫻井先生だ。  四年前、頼るべき人も仕事もないままF市へ戻って来た俺を拾ってくださった恩は死んでも忘れない。感謝しかない。  垂水事務所との繋がりか由一郎とは懇意だったけど、デザイン科の、一年の時に数えるほどしか講義を受けた事がない俺を何故が覚えていてくれた。いや……よく由一郎と連んでいたからだと思う。  その日、F駅に着いて直ぐ市大行きのバスに乗り、懐かしい地蔵の森に入り込んだ俺を見つけた先生は何か咎めるでもなく微笑んでいた。 『一年に一度はこの雑木林の “整理” をするんだけど、このスパイ君をブナがお気に入りみたいでね』『削ったり壊したりして無理やり取り出すのも寝覚めが良くなさそうだろう?』『人の顔を模すのは狡いよねえ』  制作した時の狙い通り、樹洞の中のイーサンは十年掛けて順調に、樹皮に呑み込まれ始めていた。卒業を目前に『十年後二十年後、節目節目で一緒に見に来ような』って屈託なく笑った由一郎を思い出しては胸が痛くて……会いたくて会いたくて。  由一郎がもう日本に居ないと知っていたのに、体が勝手にここを目指していた。  垂水事務所のホームページの『スタッフ近況』で、社長の垂水奈津子氏が『長男がスペインへ旅立ちました。』とサグラダファミリアの画像付きでアップしたのは何年前だったのか。 『一緒に行かん?バルセロナ』  学生の頃、地元に帰るのが嫌で、由一郎と離れたくなくて、唐突に持ち掛けた彫刻家・八雲アカルのプロジェクトへのエントリー。俺はその時の一回だけで挫折したのに、由一郎は募集のアナウンスがあるたびにエントリーを続けていた。そして遂に夢を叶えたんだと涙が出た。 『どっちか一人でも受かったら、片方もついて行こう』 『どうやって食ってくんよ』 『愛さえあれば何とかなる』 『ホンマお坊っちゃまやのー』  由一郎の瞳はいつも、俺との未来を信じてくれていた。
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