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由一郎に迷いはない。
何でそんなに昔と同じに真っ直ぐ俺を見るんだ。見られるんだ。
気不味いのは俺だ。フラフラしてしまうのは俺だ。いつもいつもそうだった。
最悪の形で由一郎を裏切ったのに、俺はいつも心のどこかで待っていた。由一郎が俺を現実から攫ってくれるんじゃないか、迎えに来てくれるんじゃないかって……待ち侘びていた。自分から逃げ出す勇気はなかったくせに。
「前向きに検討して?無理にとは言わないから」
由一郎の工房。
沢山の木材に囲まれ、家具を作るお前の隣で俺も一緒に─────………
「い……行かんし……」
「そっかー。でも会えるよね?トオルに会えない連休とか寂し過ぎるー。あ!僕がトオルのアパートにお邪魔するのは?」
「絶対イヤ」
「じゃあ、近場でお泊まり♡ね?」
目線を上げられない俺の顔を抉るように覗き込み、由一郎は鼻先を俺の鼻に擦りつける。そしてちゅっとキスをする。まるで海外映画のワンシーン、親子みたいな愛情表現だって思う。
頬をそろそろ撫でてみる。由一郎はここにいる。夢みたいな多幸感だけどこれは夢じゃない。
「皺……増えた」
「アラフォーだもんねえ」
「目尻が一番深い……」
「胡散臭い笑顔だってよく言われるー」
「ふふ」
俺が笑うと由一郎の瞳がうるうるして大きくなる。何の迷いもなく、大好きだよ、愛してるよって伝わる。俺はそれが堪らないほど嬉しいのに、どこかでまだ素直になれなくて。
ほんのちょっとだけ、苦しい。
どこまでも後ろ向きでごめんな。
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