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   この度の帰国は僕にとって人生を変える、いや、正しい方向へと舵を切った素晴らしいものになっている。仕事は順調だし最愛のパートナーとは会うたびに距離が縮まる実感があるし。  何よりもう、満月の夜に過去のトオルを想い偲ばなくていい。 「おいでー。雨上がりだからかなー。月が凄く綺麗だよー」 「虫にくわれるぞ」 「マンション6階以上は上がって来ないんだってさー。ここは13階だから」  暗い島影の上にぽっかり浮かんだ半月を眺め、僕らのことを笑顔で祝福してくれてるみたいだって言うと、トオルは「詩人か」って鼻で笑いながら胸ポケットの煙草を取り出した。  愛飲していたべヴェルは廃番になったとかで今は違う銘柄だけど、やっぱりメンソールが好きらしい。そして相変わらず、ライターよりマッチを擦る方がお気に入りだ。  漂う燐の匂い。細長い煙草を咥えた横顔をオレンジ色に照らす炎。トオルが薄い煙を吐きながら火を消す瞬間に再び立ち昇る、一層強い燐の匂いを嗅いで僕はとても安心する。 「マッチってどこで買ってるの?前、薪に火を着ける用にコンビニで探したけど、ライター以外はチャッカマンしかなかったんだー」 「百均の仏具コーナーに並んどる」 「仏具コーナー!なるほど!」  トオルの実家、児島紙業は曾お祖父さんの代にマッチ箱の製造から始まったそうだ。昔は喫茶店や飲み屋から、オリジナルのマッチとコースターをセットで受注したものらしい。 「紙マッチも知らんの?」 「紙マッチ……ああ、うん、ブックマッチマジックなら見た事あるかなー」 「なんじゃそら」  相変わらず多少嫌味っぽくはあっても、穏やかに笑うトオルを見ていられるだけで僕は幸せな気分に浸れる。
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