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若い男は、あらかじめ用意してきた作り話を語った。女の父親とは、旅の宿で知り合ったこと。そのときに、老人はすでに危篤だったこと。彼から頼まれて、ロケットをはるばると届けに来たこと。
聞いた女は涙をぬぐった。
「そうでしたの……。ありがとうございました。ごらんの通りの暮らしで、ごちそうなどありませんが、中に入ってコーヒーとビスケットなど……」
「いえ、これでもなかなか忙しい身でして。これから行かなければならないところがあるんです」
それは本当のことだった。
仕事の依頼人と会う約束をしていた。ウォール街の大暴落以来、世間では未曽有の不況が続いているが、裏の世界は忙しかった。
「そうですか。残念ですわ。なんのおかまいもできなくて、申し訳ありません」
「とんでもない。お気持ちだけで十分です。ではこれで」
若い男はきびすを返した。
気分よく階段を降りようとして。
その足が止まった。
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