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矢野順平(やのじゅんぺい)
「山田くん」
椅子に座って机の木目をじっと見ていると、声がした。
恐る恐る顔を上げると、前の席の坊主頭の子が、僕を笑顔で見ていた。
「外部から来た、山田くんだよよな?」
「うん、そう……」
坊主頭の子は、背も高そうで、もみあげが濃くて、鬚もうっすらとあって、どう見ても同い年と思えないくらいに、大人っぽい。それに、かっこいい。
「俺、矢野順平(やのじゅんぺい)これからよろしく」
そう言って矢野くんは手を差し出す。
僕は、ためらいながらも、その手を握り返した。
「山田希。よ、ろしく」
そう言いながら、緊張して名前を言うのがやっとだった。
「やば。すんげーかわいい」
そう言って矢野くんはにひゃっと笑う。
「矢野くん、かわいいって言うのやめてよ」
「あ、ごめんごめん、ってかかわいいし。よく言われるだろ?」
「んー……」
今までは、そんなことなかった。そういうふうに言うのはアユくらいだったし。でも、昨日この学園に着いてから、一体何回言われたのか覚えてないくらい……珠希にも。
「なに赤くなってんだよ、やっぱ言われんじゃん」
そう言って笑いながら、矢野くんは僕の肩をバシバシッと2回叩いた。
でも、そんな僕らをちくちくと刺すような視線。
明らかに、クラスの注目を集めてる。
「矢野くん……僕、なんか変なのかな?」
なんとなく、矢野くんなら、変な所があったらちゃんと教えてくれるような気がした。
「へ? なんで?」
「なんか……みんな僕のこと、見てる。僕、嫌われてるみたい。矢野くんも僕と話さないほうがいいよ」
すると、矢野くんは仰け反りながらははっ、と笑った。
「やっぱ俺の勝ち」
「へ……?」
僕は彼が言った意味がわかんなくて、首をかしげた。
「希、いい奴じゃん。あ、俺のこと順平って呼んで」
「はあ……」
そんなこと言われても、やっぱり意味が分からない。
「ごめん、ちゃんと話すよ」
そう言って順平は笑った。
「あのな、ここってすっごい閉鎖的じゃん? ずっとこんな山奥で隔離されてるし、毎日見飽きるくらい同じ顔ばっかだし。だから、外部生っていうのはすんごい貴重なんだ」
「うん」
順平はゆっくり説明してくれる。
「だから希のことも、あと、双児の弟のことも、もうあることないこと憶測が飛び交ってたわけ。だから、みんなの期待は最高潮だったんだ。絶世の美少年双児が来るってさ。それに、あの山田家の奴だっていう噂まで出たしさ、」
あの山田って、どの山田さんだろう。まあ、僕がその山田さんな訳はないけど。
それに、絶世の美男子双児って……なんだか、みんなの期待を裏切って申し訳なく思う。
そっか、それでみんながっかりして僕を見てたんだ。
噂って、恐いな……。
「でさ、そこまではよかったんだよ。実際かわいいし。俺、まだ弟のことは見てないけど。似てんだろ?」
うん……ん? いいの? そこまでは。
「けど、昨日食堂で紫堂さんと久慈さんと一緒にいるの、みんな見たからさ。それで、まあ簡単に言えば妬みってやつ。今はすんげえ遊んでるとか噂んなってる」
……
……遊んでる?
僕とアユが? たしかに、よくゲームとかするけど……。
「希? 大丈夫か? あのまあ、ただの噂だし気にすんなよ。すぐ納まるって」
順平は僕の髪の毛をくしゃっとした。
「うあー、柔らけー」
「ねー、順平」
「ん?」
「あのさ、ごめん、僕分からないんだけど。なんで遊んでちゃだめなの? ここって、そんなにみんな勉強ばっかりしてるの?」
僕は思ったことを素直に口にした。
……。
しばらく、順平はぽかんと口を開けたまま僕を見ていた。
どうしたんだろう?
「……あーのー、希くん、恋愛経験は?」
「えッ?」
気まずい沈黙の後聞かれたのがそれで、僕はうろたえた。
恋愛経験なんて、ないよ。アユはもててたけど、僕はぜんぜんで。
「中学の時、クラスの女子に片思いしてたけど……それだけ」
「それ、経験って言わないよ」
「わ、かってるよ、」
順平が笑うから、馬鹿にされてるような気がして、思わずとげとげしい言い方になってしまった。すぐにムキになった自分が恥ずかしくなる。
「そっかー、そうかー、そうだよなあ」
順平は相変わらずにやにや笑いながら一人呟いてる。
「順平? なにニヤニヤしてんの? そりゃ、順平みたいにかっこよかったらもてるんだろうけど、僕じゃ無理だったんだもん。しょうがないじゃん」
「ああ? ちょっと今希ちゃん、俺のことかっこいいとか言ってくれた? なあ?」
「ええ? うん」
順平は急に目をきらきらさせて僕の髪の毛を高速でかき回す。
「やっぱ、希いい奴! 俺の勝ち決定ー」
「あのさ、さっきから気になってたんだけど、その勝ちって、なんのこと?」
「ああ、んじゃまずひとつ目の答えから。あのさ、俺がさっき言った遊んでるっていうのはさ」
ごにょごにょごにょ。
順平は僕の耳に顔を近付けて、とんでもないことを言った。
僕はおもいっきり恥ずかしい勘違いをしていたらしい。
遊ぶっていうのは、つき合う相手をとっかえひっかえして体の関係を持つっていうことらしい。
「そんなッ、僕! 僕」
が、そんなことしてるわけないよっ、っていうかそんな相手いないよっ。
言葉を続けられなくって、口をぱくぱくしてると。順平が僕の肩を叩いた。
「分かってるって、希がそんなことしてないってことは」
僕は息を整えながら、うんうん頷いた。
じゃあ、僕が女の子と経験が豊富だと思って、羨ましいとか思ってたんだろうか?
またまた申し訳なく思う。
ん? じゃあなんで珠希と一緒にいたからって、みんなが怒るんだろう?
「あの、もしかして知らないかもしれないから、いちおー言っとくけどな。俺が言ってる遊ぶ対象は女の子じゃないからね……わかる? 希」
……。
わかんない。
「あのさ、まあそのうち分かってくると思うし、深く考えんな! な?」
そう言ってまた僕の頭を掻き回す。僕はやっぱり意味が分からなくて、されるがままでいた。
「くうーッたまんね、おし!」
そう言って突然順平は立ち上がった。
立ち上がると、今まで気付いてなかったけど、順平は珠希とか空也と同じくらい背が高かった。
「いいか!?お前らっ、この山田希は噂とは全く関係ないっ、見てみろこのかわいさを! 希になんかしてみろ!? 俺がぶっとばすッ」
順平の声が教室に響き渡って、クラスはシーンと静まり返った。僕は、どうしていいのかわからず、ただ座っていた。
「さ、帰るぞ、希。弟のとこ、行くのか? 何組?」
「え? あとF組」
「Fか、あいつと一緒じゃん」
あいつ? そう思いながらも、僕は変な空気に包まれたままの教室から早く出たくって、鞄を掴むと慌てて順平の後を追った。
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