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「ジュン、あッ、山田くん?」
F組の前まで来ると、髪の毛が長めで僕よりもっと背の低い子が目を丸くして立っていた。
「ああ、こいつ希。ミノ、俺の勝ち。希すっげーいい奴だし、恋愛経験ゼロだし」
そこまで言うとぷぷっと笑う。変な紹介のされ方で困る。
「なんだあ、そっか。僕の負け。じゃ、よろしくね。希くん。僕畠中実(はたなかみのる。実って呼んで」
「?うん、よろしく実、F組なの? アユはいる? 一緒に帰る約束してたんだけど」
実は顔を曇らせる。
「それが……さっき誰かが山田くんが乱闘騒ぎで早速職員室に連れてかれたって」
「ええ!!?」
「うち、校則ゆるいけど、そういう取り締まりだけは厳しいから。生徒会も絡んでくるし、処罰ってことも……」
処罰!? アユが!?
「どうしようどうしよう、助けなきゃ。だって、アユが理由もなく暴れたりする訳ないもん。絶対にアユが悪いわけないよ」
「希、落ち着けよ、希がそんなあせってもしょうがないって、待って、俺も考えるから」
困った、困ったよ……どうしよう……。頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく考えがまとまらない。
その時、頭にぽっと浮かんだ。
『困ったことがあったら、絶対に連絡して』
珠希だ。
僕は慌てて携帯を出すと、すぐに電話した。
珠希は2回目のコールですぐに出てくれた。
「珠希、」
「のんちゃん? もしかして歩くんのこと?」
「うん、そう。今聞いて」
心臓がどきどきいってる。もしも、アユが罰を受けることになったらどうしようって。
「心配しなくていいよ。もう空也が職員室に向かってる。相手の子たちは元々評判のよくない子だから、だいたい話の予測はつくし。大丈夫。わかった?」
珠希の声を聞いてると、少しずつ落ち着いてくる。
「ほんと?」
「うん。大丈夫だよ。今から、帰るとこ?」
「うん」
「じゃあ、のんちゃんの部屋で落ち合おう。一緒に歩くんが帰ってくるの待ってようか」
「うん、わかった。そうする」
電話を切ると、順平と実が目を丸くして僕を見ていた。
「あの、さ、今たまきって、言った?」
「うん」
僕が頷くとふたりはさらに驚いた顔をする。でも。
「ごめん僕急ぐから帰るね! また明日!」
僕はそう言って寮への道を走り出した。
***
部屋に珠希が来てすぐに、アユが帰って来た。でも、なんだか様子が変で、僕はまた心配になってくる。
珠希は気を使ってすぐに帰って行った。
「ねぇ、何があったの?」
「え? 別に何もないよ」
「でも制服も乱れてるし…珠希が空也先輩がいるから大丈夫って言ってたけど…」
「何もないって!」
アユが僕に大きな声を出すことんなんてなくて、僕はびくっと肩を震わせた。
「…あ、ごめん」
「…ううん。疲れてるよね、ごめんね僕こそ」
***
「のんちゃん、元気ないね? どうしたの?」
せっかく珠希が誘ってくれてたランチにも、アユは一緒に来てくれなかった。
なにか、僕が悪いことしたのかな。それとも、アユが言ってたみたいにほんとにただ疲れてるだけなのかな。
「なあ希、あれってなんの花? お前やっぱ詳しいのか? 好きなんだろ?」
僕が考え込んでいると、突然空也先輩が話しかけて来た。空也先輩は、アユが来なくて僕と同じくらいがっかりしてるみたい。
空也先輩が次々とお花を指差すから、僕は得意げに答えて行った。
ふと気がつくと、珠希がいない。
「珠希は?」
「ああ。歩んとこ。俺らも行こうか?」
「あ、はい」
僕のカードキーを使って部屋に入った瞬間。リビングで抱き合うふたりが目に入って来た。
「…え?」
僕はびっくりして頭が真っ白になって、気がつくと空也先輩を押し退けて部屋を出ていた。
めちゃくちゃに走って、走って。息が切れて足がもつれるまで走り続けた。
結局、僕は薔薇園まで戻って来ていた。薔薇のアーチの途中に座って、葉っぱの隙間から漏れてくる夕日を見ていた。
……なんか、泣きそう。
でも、それがどうしてなのかもわからない。それが嫌だった。
自分で自分のことが分からないのが気持ち悪い。
それに、このずんと重い気持ちも。
アユが珠希と抱き合ってる。
さっきはそれしか頭になかった。でも、少し冷静になってみると、どうしてそれがこんなに嫌なのか分からない。
アユと珠希が仲良くしたっていいはずなのに。僕が怒ったりすることじゃないのに。
……怒る?
僕は怒ってるの?
なんだかそれは間違ってるような気がして、今度は恥ずかしくなってきた。あんなふうに飛び出したりして、きっとみんな変だと思ってる。
「のんちゃん? よかった、すぐ見つかって」
気がつくと、珠希がそばに立っていた。薄暗いアーチの中で、珠希がすぐそばに座る。
「歩くんが、謝りたいって」
「謝るって、なにを?」
まるで、これじゃだだっ子みたいだって分かってる。
「さあ。何をだと思う? のんちゃん。歩くんと仲直り、したくない?」
珠希の大きな手のひらが、僕の頬を覆う。
「……したい」
「だよね? じゃ、部屋戻ろうか?」
「うん……」
僕がおずおずと立ち上がると、珠希は僕の右手をぎゅっと強く握って歩き出した。
なんだかわからないけど、すごくほっとして、初めて自分がこうして欲しかったんだと分った。
***
部屋に入っても、僕は、さっき自分がしたことが恥ずかしくって、顔をあげられなかった。
「ノンッごめん。ほんとに、ごめんね」
アユが走って来て、僕の腕を掴んだ。
アユは悪くないのに。
変だったのは、悪かったのは僕なのに。
「…ううん。僕の方こそ、ごめんね」
「なんでノンが謝るんだよ」
顔をあげると、アユの目が真っ赤で、そしたらもう我慢できなくって。
両方の目から一度に涙がぽろぽろ落ちた。
そしたら、同時にアユの目からも涙がこぼれ落ちるのが見えた。
***
それから、夜までみんなで、一緒にテレビを見たりして過ごした。
順平と実のこともみんなに報告した。
実はアユと同じクラスだから、もしかしたら友達になれるかもしれない。
珠希は、あのくしゃくしゃの笑顔で、ほら言った通りだ、って言ってくれた。
やっぱり顔全部で笑うあったかい笑顔で。
焼き印みたいに僕の胸にじゅっと焼き付いたような気がした。
「あ、そういや不思議に思ってたんだけど。なんで俺らって制服リボンなの? クラスの奴らほとんどネクタイだったんだけど?」
「あ、それ僕も気になってた」
「え? 好きで着けてんじゃないのか?」
空也先輩は首を傾げた。
「え? どういう意味?」
「ネクタイでもリボンでもどっちでもいいんだよ。まあ、ほとんどの生徒がネクタイを選ぶかな。中等部までリボンだから、飽きてっていうのもあると思うけど」
珠希が説明しくれる。
「ええ! じゃあ俺絶対ネクタイのほがいい!」
アユは勢いよく言う。
「だから、自分で選んだんだろ?」
「ちぃがうって。伯父さんがこれしかくれなかったんだもん」
アユがそう言うと、珠希と空也先輩は顔を見合わせて笑った。
「理事長いい趣味してんじゃん」
空也先輩がそんなこと言うから、僕らは顔を見合わせた。
「いいか歩、ネクタイは禁止だ」
「なんで!?」
「だってリボンの方がかわいいから。似合ってるし」
「もう!」
アユの反論も聞かず、空也先輩は生徒会長命令、とかなんとか言ってた。
「のんちゃんもだよ。リボン似合ってるから」
ぼそっと珠希が耳もとで言う。驚いて見上げると、あの笑顔で僕を見ていて、また僕の胸がじゅっと音をたてた。
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