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好奇心旺盛な弟のあゆがてくてく歩いていく後ろを、僕はただただ口をぽかんと開けて辺りを見回しながら、ついて行く。
白樫って、本物の木初めてみたよ、ほんとに幹が白っぽいんだねー。
やっとのことで見つけた門をくぐると、次に現れたのはうっそうとした林、というか、森だった。
そして森を抜けると……
「わ……すごい」
英国式!? なにこれ、この手入れの行き届いた庭! すごい!
僕はもう胸がいっぱいで声も出せないくらいだった。
すごい……。
僕はその場に立ち尽くした。
僕のすぐ右手には水仙が無数に咲いている。そして、左手はシラーにパンジー・ビオラ。まるでブルーのじゅうたんみたいで……。
すごい、すごおおい。
柔らかな風にのって、いろんなお花の甘い香りが届いてくる。
僕はしゃがんで、じっくりとお花を覗き込んだ。
僕はお花が大好きだから、嬉しくって、鼻をくんくん鳴らさんばかりにいろんなお花に顔を近付けては、その香りを楽しんだ。
いい匂ーーーーい!
すごいすごい。
「ねっ、アユ、ずごいよこれすんごいいい匂い!」
アユにも匂いをかがせたくって、振り返った……ら?
あれ?
双児の弟は、忽然と姿を消していた……。
「あゆー……」
すぐ近くにいるんだろうと思ってひかえめに呼んでみたけど、やっぱり返事はない。
「アユーッ!」
……。
今度はおっきな声で呼んでみたのに。それでもやっぱり返事がない。
なんで? もう。
アユどこ行っちゃったんだろう? 僕がお花に夢中だったから、呆れて先に行っちゃったのかな……。だとしたら、早く追い付いて謝らなきゃ。きっとアユへそを曲げてるよ。
ほんとは、ここに咲いているお花全部の匂いを確かめたかったけど、そんなことしてたらほんとにアユに怒られそうだと思って、僕は先を急ぐことにした。
それに、先に行ってたとしても、アユは方向音痴だからきっと今頃迷ってるに決まってる。
早く行かなきゃ。
そう思ってさっきよりも速いスピードで歩いていると、強いお花の匂いがしてきた。
見てみると、右手に薔薇のアーチがある。
薔薇の香りだったんだ。
そのアーチの入り口に、近付いてみる。
黄色いつる薔薇のトンネルになっていて、その先がどこに繋がっているのか見えない。迷路みたいになってるのかな。
アユが見つけたら、きっと喜んで入ってく。
「アユー、いるー?」
中に首を突っ込んで呼んでみたけど、返事はない。
それでもどうしても気になって。というか薔薇のアーチをくぐってみたくて、僕はそこへ入った。
アーチの中は少し薄暗かった。
咲き乱れる小さな黄色いお花と、深緑の葉っぱの隙間から、太陽の光が差してくる。
黄色だった薔薇はしばらく歩くと白になって、それからピンクになっていった。
そのアーチはほんとうにくねくねと曲がっていて、僕は入っちゃいけない所に来てしまったんじゃないかと思った。
でも、僕の足は勝手に先へ先へと急いでしまっている。
「わっ」
アーチの終点に、まぶしい太陽の光と一緒に飛び込んで来たのは、薔薇の庭園だった。
レンガの敷き詰められた通路、それから、色とりどり、数えきれないほどの薔薇の花。
まだ時期が早くて蕾なのも多い。
僕は咲いている花に近付いては、またひとつずつ香りを嗅ぎはじめた。
「はあぁー。いーにおい!」
深呼吸して、胸いっぱいに薔薇の香りを吸い込む。
そうやって夢中になってバラ園の奥へ奥へとつき進んでいると、いっちばん奥にガラス張りのテラスハウスみたいな建物があるのが見えた。
近付いて行くと、入り口には鍵がかかっていて、扉に関係者以外立ち入り禁止のはり紙がしてある。
そんなにすごい薔薇が中にあるのかと思って、僕はテラスハウスの中を除いてみる。
「薔薇泥棒?」
「ひぃっ」
突然背中に声を掛けられて僕は飛び上がりそうになった。
振り返ると、背の高い男の人が、太陽を背にそびえたっていた。僕だってチビじゃないと思うんだけど、その人は背がすごく高くて、逆光で僕にはどんな恐い顔をしてるのか見えなかった。
「あの、ごめんなさい、勝手に見てて、でも僕泥棒とかじゃなくって、あの……」
恐くって、もごもごと言う。こういう時アユがいてくれたら、はっきりきっぱり言って助けてくれるのに。
「ごめん。冗談だよ。泥棒だなんて思ってない」
僕が困ってもうほとんど泣きそうになっていると、上から笑い交じりの声が聞こえてきた。
「ほんとに?」
「うん、ほんとだよ」
彼が少し移動すると逆光じゃなくなって、初めて顔が見えた。
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