225人が本棚に入れています
本棚に追加
嫌がらせ
「あぶなっ」
急に順平に腕を強く掴まれた。
「あ、りがと」
移動教室で階段をぼーっと上がっていると、階段を踏み外した。
正確には、誰かに突き飛ばされたのをはっきりと感じた。
最近、僕を悩ませているもうひとつの出来事だ。ときどきこういうことがある。
それに、先週は机の中にメモが入っていた。
『調子にのるな。おまえに久慈様はふさわしくない』
そう書かれていた。
そんなこと、言われなくっても分かってる。痛いほどに。
「なあ、大丈夫か? この前もこういうこと、あったよな?」
順平が心配げに僕を見ている。
「うん。大丈夫」
「大丈夫ったってさ。まだ怪我とかしてないけど、たまたまじゃん。明らか、狙われてる……やっぱ、久慈先輩のファンかな。けっこう根性汚いやつもいるし。ほんと、気をつけろよ? なんてったって、うちのクラスの卓球ヒーローなんだからよお」
シュウは、最後の方おどけてみせたけど、本気で心配してくれてるのが分かった。
「大丈夫、なるべく俺ら一緒にいるし。ひとりにしないようにするから」
順平が僕の頭を撫でた。
正直、最近は誰かにそういうことをされるのが、キツい。
珠希を思い出しちゃうから……。
「うん、ほんとありがとう」
いっそのこと、出てきて面と向かって言ってくれればいいのに。
そしたら、ちゃんと説明するのに。出来るのに。
僕は珠希に近付くことなんで出来ないって。
もう仲良くもしないって。
「なあ、希。どした? 大丈夫か?」
「え? うん。明日のこと考えて、ちょっと緊張してるだけだよ」
僕はそう言って笑ってみせた。
卓球はダブルスかと思ってたのに、個人戦で、各クラス代表はたったの1名だった。もし他に出たい人がいるなら譲ろうと思ったけど、手をあげたのは僕だけだった。
それに、卓球は人気がなくって、みんな僕を珍しそうに見た。
トレーニングルームに台があったから、僕はここ数日、サーブやスマッシュの打ち込み練習をしている。それに、順平とシュウがバスケの練習をする間を縫って、少し相手をしてもらっていた。
だから、ふたりは僕の実力を知っている。
「おう、うちのクラスこのままだと弱小だけど。希だけは1位の可能性あるもんな」
そう言ってシュウは笑った。
「なあ希。なんかあったんだろ?」
寮への帰り道。ぼそっと順平が呟いた。
「え?」
「ずっと希元気ねぇし。それって、あの嫌がらせのことだけじゃないよな?」
「ああ……んん」
「悪いけど。俺らけっこうおせっかいだから。話したくなるまで待つって限度は超えてんだよ。だから話せ。無理にでも。だって、2週間近く待ったもん。希が変になってから」
シュウの言葉に、僕は驚いて目をぱちぱちするしかなかった。
「おいシュウ、その言い方はないだろ、希困ってんじゃん」
「うっさい、俺だって困ってたんだ、ずっと」
シュウは吐き捨てるようにそう言ったけど、笑顔だった。
そうやって深刻な雰囲気にならないようにしてくれてるんだ。
だけど。話すっていっても……。そしたら、僕は珠希のことを好きだってふたりに話さなくちゃいけないし。
でも、2週間もずっとふたりに心配かけて、それに僕、もしかしたら感じ悪かったりとかしたのかもしれないし。
僕は覚悟を決めて、こくんとうなずいた。
「よし、俺の部屋来いよ」
そう言って順平は笑った。
「なあ希。諦めるのは早いかも」
「え? なんで?」
僕は今、2週間前のことを一生懸命ふたりに話したのに、伝わってないんだろうか。
「あのさ、まあとにかくこの話を聞け。ほら、順平、話してやれ」
「なんっで俺が?」
「いいんだよ、かわいい希の為じゃん。諦めないことの大切さを教えてやれよ」
順平はふうっと息を吐き出した。
「あのさ、希。俺好きな奴いるんだ。昔からずっと。けど、あいつは全然俺の気持ち知らねえから、好き勝手やってる。正直キツいけどさ。まあ、これは好きになった弱味だよな。それにあいつむちゃくちゃかわいいし」
「それって実のことだよね?」
「う、ぐ、ええなんで!?」
僕がそう言うと、順平は顔を真っ赤にしてソファに倒れた。
「あ、よく考えたらさー、悪い例だったよ。だって順平、報われてないもん」
そう言ってシュウが笑ったとたん、順平は僕を飛び越えて、シュウに掴み掛かっていた。
「うるせー! 俺だって頑張ってんだー!」
最初のコメントを投稿しよう!