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球技大会スタート
「よっし!絶対優勝するぞ! ノン、後でなー」
そう言ってアユはいつもよりも早く飛び出して行った。
今日はめずらしく1人で起きてたし。
僕もすでにユニフォームに着替えている。ピンクのポロシャツと黒いハーフパンツ。
このピンク、けっこう目立つし……。もっと普通に白とか、っていうか体育で着るジャージでよかったんだけど。
でも、みんながせっかく僕の為に用意してくれたんだしな、と思い直した。
アユも似合ってるって言ってくれたし。
服とかもよくわかんなくって。だから僕はいっつもアユと一緒に買い物に行って、選んでもらうことにしてる。だから、アユがいいって言ってくれたから、大丈夫なんだろう。
「やっぱ似合う~、おはよん、希」
玄関ホールで僕を見つけると、シュウと順平が僕を笑顔で迎えてくれた。
シュウと順平はおそろいのユニフォームを着てる。それだけ見ると、まるでバスケの選手みたい。なんだけどな。
「なんだ、緊張してんのか?」
順平は僕の髪を掻き回す。
「ううん、大丈夫。ふたり応援来てくれるよね?」
「もちろん。まあ、万が一勝ち進んで試合時間が被ったりしたら、無理だけど……それは、」
「ねえよっ、それはない。だから絶対応援行くって」
順平が笑ってシュウの言葉を遮った。
そうだ。
ふたりはまるでバスケの選手みたいにキマってはいるけど……見た目だけなんだよね。
「今日から球技大会が開催されるわけだが、みんなくれぐれも怪我のないように。全種目総合で一位になったクラスには、例年通り賞品があるので、みんな張り切ってくれ」
空也先輩の挨拶に、わーっとみんなから歓声が上がった。
開会式が終わると、みんなそれぞれの会場に向かう。
ポケットで携帯が震えた。アユからのメールだ。
『珠希と偶然会ったから、一緒に空也の試合見に行くことにした。ノンも来るだろ? 一緒に敵視察してくれー!っていっってもどうせ俺が勝つんだけどね』
珠希。その文字を見ただけで、ずくんっと胸が疼いた。
僕は、ウォーミングアップをするから行けないって答えた。
***
「希、どっか応援行くのか?」
「ううん、今トレーニングルーム開いてるらしいから、ちょっと打ち込みしてから行くよ」
「そか。俺、ミノがソフトボールに出るから行ってくる。ひとりで大丈夫か?」
「え? 大丈夫だよ、子供じゃあるまいし」
僕は軽口をたたいて笑った。近頃どんどん嫌がらせがエスカレートしてきて、順平はそれを心配してくれている。
「で? 順平はどっち応援するの? A組対F組じゃなかったっけ?」
「そりゃ、もちろん」
「実でしょ?」
僕がそう言って笑うと、順平の顔が真っ赤になった。
「くそ、言うんじゃなかった、ああもー出会った頃はかわいかったのになー希ぃ」
そう言って順平は僕を後ろから羽交い締めにした。
「ぐうぐるじいよ、前から知ってたもん、そんなの」
僕はなんとか順平の腕の間をくぐり抜けた。
ふと気がつくと、またしても僕に鋭い視線が浴びせられていた。
今さらだけど、順平もすごく人気があるみたい。分かるけど。かっこいいし、すっごく性格いいし。でも、僕のこと睨むのはやめてほしい……。
「あ、急がねぇと。じゃ、また後でな」
「うん、ばいばい」
そう言うと、僕はトレーニングルームに急いだ。
パパン パパン カコカコ……。
床には僕が打った球が転がっている。
トレーニングルーム。というか卓球ルーム。普段は卓球部の人が使ってるみたいだけど、この期間だけは解放されている。
クラスの代表って。卓球部の人とかも出るのかな。
僕は意識を集中して、回転をかけたサーブを反対側のラインぎりぎりの隅に打ち込んだ。
ひさしぶりにやったけど。けっこう調子いいなー。
昔使ってたマイラケットまで持ってきちゃったけど。
でも、こういうサーブとか使っていいのかな。レクレーション的にやるなら、こういうの使わないよね。バスケとかならシュート決まればかっこいいけど。
スマッシュ打って、みんな引かないかなあ。
そう思いながら、僕は何種類かの回転サーブを打った。
どうせなら、卓球部の人が出てるといいな。
***
夢中になって球を打っていると、時間を忘れていて、もうアユの試合が始まる5分前だった。
急いで走って体育館に向かった。観客席に上がる。
「おいっ、希こっちこっち」
ひらひらと振られる手が見えた。
空也先輩だった。
そうだ、どうして僕はこれを予測してなかったんだろう。
「あ、空也先輩、た、まき。応援来たんですね」
「ああ。かわいい歩ちゃんがどんくらい活躍するのか見ないとね。て、なんかすごい久しぶりだよな? 希」
「え? そうですか? 僕も練習してたから」
空也先輩と話してる間も、珠希がこっちを見ているのが分かってて、僕は気付いてないふりをするのに必死だった。
コートでホイッスルが鳴った。
「あ、始まるみたいだよ」
珠希が僕に笑いかけた。僕は、なんとか笑顔を返した。空いている席が珠希の隣だけだったので、僕はそこに座ることにした。
思っていたとおり、アユは大活躍で、気持ちいいくらいに、ゴールにボールがぱすんぱすんと吸い込まれて行った。
周りからため息とか、かっこいいとか聞こえて来て、僕は兄として誇らしい気持ちになった。
ちらっと空也先輩を見てみると、なにもいわずにじっとコートを、アユを、ただ見つめていた。
アユはそれに気付いてか、いや、絶対に気がついてないと思うけど。僕らを見つけると、コートの中から笑顔で手を振った。
空也先輩が、止めていた息を吐き出したような、なんだか苦しい吐息を漏らしたのが聞こえた。
珠希をちらっと見ると、どうしてか僕をじっと見ていたから、びっくりした。
珠希は僕と目が合うと、優しく微笑んだ。
「避けられてるんだと思ってたから。会えて嬉しい」
珠希は小さな声でそう言った。嬉しい?
その意外な言葉で、僕の頭の中はうめ尽くされた。
だけど、少しするとひとつの答えが導き出された。
僕と珠希は友達だから。ぎくしゃくしたまま会わないなんて、変だし。珠希は僕との友情を大切にしてくれたんだ。
そう分かっても、僕はどう答えればいいのか分からなかった。
僕だって嬉しい。すっごく嬉しい。珠希に会えて。
でも、きっと、同じ言葉だけど意味が違うんだよね。
僕はただ、笑顔で珠希に頷き返した。
その後、空也先輩はアユの所へ降りて行った。
「のんちゃんは、これからどうするの?」
「これから、僕らのクラスの試合がすぐあるから、このまま見る」
「そう。じゃ、僕もこのまま」
そう言って珠希は微笑んだ。
ふたりで試合を見るんだ。
そう思ってどきどきしたけれど、試合があんまり面白くって、珠希も僕も、夢中になった。
面白い、の意味が違うけど。
A組対B組の試合は、どっちもどっち、って感じだったけど。
順平はボールをやっと奪い取ったかと思うと、即トラベリングで笛を鳴らされるし、シュウはちょっとドリブルしたと思うとすぐに足がもつれて転ぶし。他のクラスメイトも似たり寄ったり。
唯一の得点は、順平が苦し紛れにめちゃくちゃに投げたボールが、たままたゴールに入った、その3点だけだった。
もう、笑いがこらえられなくって、たまんなかった。
途中で恐い顔で順平がこっちを見上げていた。後できっと怒られるんだろうな、って思いながら。
でも、珠希と一緒になって、なにも考えずに笑えて。
すごく幸せなひとときだった。
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