3■球技大会☆双子スター誕生!? SIDE:希(了)

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 球技大会2日目。  昨日の試合で、練習なんてするほどじゃないのかなって思ったけど、自然と足がトレーニングルームに向かっていた。  クラスのみんなも、あんなに応援してくれてるし。   メキ、ペキ、  微かな音がして、振り返ると、知らない子が立ってた。 「おまえ、目障り」  小柄で、ぱっと見女の子かと見間違うような子。が、僕を氷みたいな目で睨んでいた。 「あ、の、台使う? なら僕はこれで」  すごく嫌な予感がして、ここをすぐに出ていかなきゃ、と感じた。  彼は突然床に置いてあったカゴを蹴飛ばした。大きなかごに山盛りになっていたピン球が床全体に小さな音をたてて広がって行く。 「なんで、」 「なんでこんなことするんだと思う?」  その子は少しずつ僕との距離を縮めて来る。メキ、メキ、といくつかのピン球が悲鳴をあげた。  嫌がらせは、この子がやったんだ。直感でそう感じた。 「警告したよね。久慈様に近付くな、って」 「もう会ってないよ」 「はあ? 昨日バスケのコートで並んで応援してただろッ」  突然彼が声を荒げて、僕はびくついた。 「お前なんか久慈様に相応しくないんだよっ、近付くな!」  好きなんだ。この人も。珠希のことが。そう思うと、なんだか完全に憎めないような気がした。 「分かったのかよ?? もう会うなよ! 今ここで会わないって誓えよ!」  そう言いながら彼が詰め寄って来て、僕の肩を掴んだ。肩に食い込む指の感覚。  恐い。  僕はずっと考えてた。もし嫌がらせをしている本人に会ったら言おうって。僕は珠希のことが好きだけど、僕がつり合わないことはちゃんと分かってる、って。僕じゃだめだって分かってるんだ、って。  ほんとにそう思ってた。  だから、この2週間珠希を避け続けた。なのに、どうしてか口を開けなかった。 「黙ってないで言えよ! ほら!」  彼は僕の肩を揺さぶる。僕のほうが背が高いけど、怒りに満ちた彼の力は強くて、その手を振り切れそうにない。 「嫌だ……」  僕は、2週間ずっと考えていたのとはぜんぜん逆のことを言っていた。  この2週間すごくつらかった。それに、昨日一緒に笑って本当に楽しかった。幸せだった。  我慢なんて。できないよ。  ただの友達でもいい。  珠希のそばにいたい。 「今なんて?」 『僕は、自分が一緒にいたい人間は自分で選ぶ。誰になんと言われようとね』珠希の言葉が、僕の背中を押してくれていた。 「いやだっ、珠希本人に近寄るなって言われない限り、僕は一緒にいる!」  そう言い切った瞬間、思いっきり突き飛ばされた。  僕は不様に後ろ向けに倒れた。 「痛ッ」  運悪く、鋭く尖った卓球台の角に腕をぶつけた。 「お前なに言ってんの? 調子乗ってんじゃねえよ。いいな、忠告したから。言っとくけど、俺だけじゃないから。同じ考えの奴」  そう言って、ぞくっとするとうな視線を僕に投げ付けると、彼はピン球を蹴散らしながら出て行った。  僕はぺしゃんこになった玉をポケットに入れながら、床に散らばった玉を元のカゴに戻した。  泣かない。  泣くもんか。  左の二の腕の内側をおもいっきりぶつけたから、擦りむいてる。これは擦りむいたっていうんだろうか。なんか、すごいことになってる。  物凄く痛いから、相当だとは思ったけど……どうしよ、恐い。なんか、えぐれてるっていうか。  痛すぎて痛いのかどうかよくわからないくらいで。頭が冴えて、妙に冷静になっていた。  それに、僕、あの人に負けなかった。あの場だけ頷くのは簡単だったけど、そうしなかった。  そう思ったら、なんだかすごく自分が勇気のある人間になれたような気がした。  痛いけど、なんか気持ちいいな。  僕は残りの玉を片付けると、ユニフォームを汚さないようタオルで傷を押さえて、保健室に向かった。 「うわ、これは痛いねー。昨日から怪我した子がよく来るけど、今のとこ一等賞だね、しみるよー」 「イギッ」  思わず声が漏れるくらい痛かった。  先生はそう言いながら薬を塗って、ガーゼと包帯をしてくれた。 「明日、また薬塗るから、包帯取り替えに来てね。傷口は濡らさないように」  お礼を言って保健室を後にした。幸い、左腕だから卓球に支障はないし、包帯はユニフォームに隠れて見えないから、みんなに心配をかけることもない。  よかった。 「ノン、それどうしたんだッ?」  服を着替えてたら包帯をアユに見つけられてしまった」  昨夜はバレなかったんだけど。 「卓球台のそばコケちゃって、すっごいドジ。角でぶつけた」 「うっそ、大丈夫? 痛い?」 「うん。すっごい痛いよ。ずっと痛いもん。泣きそう」  僕がわざと冗談ぽくそう言うとアユは笑った。 「余裕じゃん。お互い、決勝戦だな、頑張ろうな」 「うん。アユは空也先輩と対決だね」 「おうっ、じゃ、また後でな、応援行くからっ」  そう言ってアユは元気に部屋を飛び出して行った。 *** 「ついに、決勝戦だなー。すげーよ、1年で決勝まで行くなんて」  順平は僕の髪をくしゃっとして笑う。 「そうかなー。でも、楽しみだな、今日やる人、去年優勝した先輩なんだよね、きっと楽しいだろうなあ」 「おおっ、余裕発言希ぃ」  そう言ってシュウが笑う。  僕は手ごたえのある試合ができそうで浮かれていた。  それに、腕は常にじくじくと痛むし。だから、いつもよりも少し注意が足りなかったのかもしれない。  階段を降りている最中だった。  また誰かに背中を突き飛ばされた感覚がした。  一瞬の事で、順平が手をのばしてくれたけど、間に合わなかった。  視界が回転したような気がして、次の瞬間鈍い痛みが走った。  閉じていた目を開くと、床が見えた。 「希ッ! 大丈夫か!?」 「おいッ、今突き飛ばした奴誰だよ! せこいことしてんなよ!」  状況が飲み込めて、僕は上半身を起こした。僕の周りをやじうまの生徒が取り囲んでいた。 「大丈夫か? 希、どこ打った?」  順平が心配そうに僕をのぞき込んでいた。シュウも反対側で僕の背中を支えてくれている。 「わかんない。大丈夫、びっくりしたけど」 「ほんとか?……あっ」  急にふたりが驚いたような声を挙げたから、僕はどうしたのかと思った。ギャラリーもざわめいている。 「保健室に連れて行くよ。いい?」  すると、僕の背後から低音でよく響く声が降って来た。 「あ、はいっ」 「まかせます!」  順平とシュウが裏返った声でそう答えた瞬間、僕の背中と膝の下に腕が差し入れられた。  顔を見なくても、声ですぐに分かった。  珠希に軽々と抱き上げられていた。 「例え誰であろうと、希に手を出したら、絶対に許さない」  珠希はそこに犯人がいるかのように、よく通る声でそう言った。その声に、いつもの柔らさはなかった。  もう階段から落ちたことも、体の痛みもなにもかも、全部吹き飛んた。珠希が初めて僕を呼び捨てにした。それに、今僕は珠希の腕の中にいる。  そのことで頭がいっぱいだった。 「珠希……降ろしても大丈夫だよ、痛くないから歩ける」 「お願いだからおとなしくしてて」  そう言った珠希の声がいつもよりも低くて、僕は黙っておとなしくしていることにした。 「あれ? また怪我したの」  先生は僕の顔を見ると、そう言った。 「また?」  珠希が隣で声を落としてそう言った。  結局、階段から落ちたのに奇跡的に僕は無傷だった。明日になったらいくつか青痣が浮かんでくるかもしれないけど、軽い打ち身程度だ。  だけど、一応頭を打っていないか様子を見る為に、少しの間ベッドで横になっておくように言われた。 「久慈くん、少しの間見ててくれるかな」 「はい」 「もしなにかあったら、職員室に電話して」  カーテンの外で、珠希と先生が話すのが聞こえてくる。  僕は、早く元気な姿を見せて珠希を安心させたかったから、ベッドで体を起こしていた。  さっきも包帯を取り替えてもらう時、傷が見えちゃって珠希は凍り付いたような顔をしていた。 「大丈夫?」  珠希がカーテンを開けて入って来た。 「うん。ぜんぜん大丈夫だよ。僕、ドジだよね。ごめんなさい」  僕は笑った。その瞬間、目の前が真っ暗になった。 「すごい恐かった。希になにかあったら、って」  あ、また呼び捨てにした。  僕は珠希に抱き締められていた。僕を気づかってか、とても優しく包み込んでくれてる。 「大丈夫だよ、ほら、僕元気だもん」  どうしてか、珠希が泣きそうな気がして、僕は腕をその背中に回してぎゅうっと抱き着いた。 「その腕の傷も、誰かにやられたの?」  珠希は少し腕を緩めて、僕の顔を覗き込んだ。 「え……えと」  嘘をつこうと思ったのに、珠希にまっすぐに見つめられていて、それはだめだと思った。  だから僕は小さく頷いた。 「理由は……僕?」  珠希が、悲しそうな顔で言った。僕は首を振った。 「ちがう。珠希のせいじゃない。だって、僕が珠希につり合うくらいかっこよくて、空也先輩みたいなら、こんなことにならなかったはずだから」  だから、自分のせいだ。  空也先輩、そう言った途端、珠希の腕の中にいることが悲しくなった。  だめだ。期待しちゃだめだ。  僕は珠希の背中に回していた腕を解いた。
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