1■学園生活スタート☆ぼくたち山田兄弟 SIDE:希(了)

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 寮長 久慈珠希(くじ たまき)  太陽の光の中で、ほとんど濃紺に見えるような黒髪。  黒ぶち眼鏡の奥の目が、笑っていた。  よかった……、怒ってない。  ほっとしたのと同時に、彼が手を延ばして来たから、なにをされるのかと思って、僕は首を縮めた。 「ごめん、おどかして。そんな顔しないで。怒ってないから」  彼は僕の頭を撫でていた。 「うん……」  なんだか泣きそうになってた自分が恥ずかしくて目を落とすと、彼の靴が見えた。  泥にまみれたアディダスのスーパースター。  ここの薔薇園を管理してる人なのかな? 「君、外部生?」 「うん、そう」 「やっぱり。ここに生徒が来るなんて滅多にないから」  彼は笑った。笑うと、目と目尻がしわしわになって、顔全部がくしゃくしゃになって。  なんていうか、この人は顔全部で笑う人なんだな、って思った。その顔がすごく優しくって、僕は緊張を解いた。 「どうして? こんなに綺麗に咲いてるのに、誰も見にこないの?」 「さあ、どうしてだろうね」  また彼は顔をくしゃってして笑う。 「で? 君は迷子になったのかな? 理事長室に行くはずじゃなかったの?」 「あ、そう……えと、なんで知って」 「僕、久慈珠希。君が入る寮の寮庁だよ。理事長室に行った後僕の所へ来て寮の説明をするはずだったよね。だから知ってるんだ」 「寮長!? あ、そうだったんですか」 「うん。で、君は双児のどっちの子? 希くん? 歩くん?」 「のぞみ、です」 「そう、じゃ、お兄ちゃんだね」 「そうです」  久慈先輩は、優しい顔で僕を見下ろしている、そうだ! アユ!  急に思い出して、僕はまた落ち着かなくなった。 「あの、久慈せんぱいッ、アユ、僕の弟見ませんでした? さっきはぐれちゃって。僕と似てて、もっと髪が黒くって、元気で、かっこいい子」  すると、久慈先輩は、ぷっと吹き出した。どうして笑うんだろう? 「久慈せんぱい?」 「いや、ごめん、君たちって、二卵性?」 「いえ、一卵生です」 「そう。かっこいいって、きっと君たちほとんど同じ顔だよね?」  先輩はまだ笑いながら、不思議そうに言う。 「うんと、違うんです、ぜんっぜん。アユは僕よりもずっと男らしくってかっこいいんですっ」  僕がそう言うと、どうしてか先輩はまた笑って僕の頭を撫でた。 「じゃあ、そのかっこいい弟くんを一緒に探しに行こうか、のんちゃん」 「え、いいんですか?」 「いいよ。理事長室まで案内するよ」 「はい、ありがとうございますっ、久慈先輩」 「タマキ」 「え?」 「タマキって呼んで。それに、さっきまでみたいに普通に話していいよ」  え、でも……さっきは、先輩だって思ってなかったし。薔薇園の人なのかなーってしか思ってなかったし。でも、先輩だし、寮長だし、これからお世話になるし……。 「のんちゃん?」 「あ、はい。珠希先輩」 「タマキ。言ってみて?」  先輩は面白がるように僕をのぞき込む。 「た、まき……先輩」 「ぷ。ははっ、しょうがないや、かわいいから許したげる」  珠希先輩はそう言って笑ったけど。かわいい、って。  なんだかな。  僕、普通の男子高生だし。かわいいとか、なんか違うと思うんだけどな。 「さ、行くよ」 「あ、はい」  先輩の声に慌てて振り向くと、どうしてか左足のつま先に右足のつま先が引っ掛かって、僕は転びそうになった。 「おっと、危ない」  その僕を、珠希先輩はがっちりと支えてくれた。 「あ、すみません、ありがとうございます」 「うん。気をつけて」  そう言って笑う……なんか、僕、この人の笑顔好きだな。  なんか癒される。 「さ、行こう」  先輩はどうしてか僕の右手を握ったまま、歩き出した。  また僕がコケちゃいけないと思ってるのかな。もう、大丈夫だと思うんだけどな……。  なんだか恥ずかしくて、離してくださいって言いたいのに、どうしてか僕はそう口に出して言えなかった。  テラスハウスの奥に小道があって、そこを行くと急に開けた場所に出た。  少し離れた所に噴水が見える。  その奥から、全速力でこっちに向かって走ってくるアユが見えた。 「あ、アユー!」  僕はアユに向かって左手をぶんぶんと振った。 「あれが、歩くん?」 「そうです、きっと珠希、先輩もさっき僕が言ったこと、分かりますよ」 「そう?」 「ノンッ! よかった、すぐ見つかって。ここ危ないから、早く理事長室行こう」  アユははぁはぁと息も整わないうちからまくしたてる。 「え? 危ないってなに?」 「へ、変態、変態がうろついてる……ってか、寝てた」  僕はアユがなんのことを言ってるのかさっぱりで、首を傾げた。 「変態か……」  その時、僕の隣で珠希先輩がぼそっと呟いた。 「あんた誰!?」  いきなりアユが珠希先輩を睨むから、僕はどうしていいのかわからなくってどぎまぎした。 「あ、ごめんごめん。寮長の久慈珠希です。よろしく、歩くん」 「あのね、アユ、珠希先輩は迷子になってた僕を助けてくれたんだよ。それから僕らを理事長室に案内してくれるって」 「あ、まじで? ごめんなさい。さっき酷い目にあっちゃったからさー、ここって危ない奴ばっかかと思ったんだ」 「あ、アユ、先輩だから…敬語…」 「いいよ、そのままで。のんちゃんもね。珠希で」  先輩はまたあの笑顔で言ってくれるけど、やっぱり呼び捨てなんて、なかなかできないよ。 「オレ、ノンの弟で歩。よろしく、珠希」  僕がそう思っている横で、アユは早速珠希先輩を簡単に呼び捨てにした。  ほんとは僕だって、そう呼びたいんだけどな。 「ノンちゃんの言う通り、元気だね。ようこそ、白樫学園へ」  珠希先輩はそう言って僕をちらっと見た。  僕とアユは一卵生双生児だから、似ているけど、似ていない。友だちだって近所の人だって、みんな僕らをすぐに見分けることが出来たし、僕らは顔の中身のパーツと体型以外は、全部正反対だ。  どうしてか色素がぜんぶアユに行ってしまったみたいで、僕は生まれつき髪の毛の色が淡いのに、アユは真っ黒。  元気でお洒落なのがアユで、引っ込み思案で冴えないのが僕。友だちにいっつも囲まれているのがアユで、教室の隅でひとり読書しているのが僕。  というふうに。  アユは、僕の自慢の弟だ。  そんなことをぼーっと考えながら、アユに手を引かれて歩いていると、いつのまにか巨大な扉の前に来ていた。  不思議に思って見上げると、珠希先輩が僕らを見下ろして微笑んだ。
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