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いざ、決勝戦
「のんちゃん、起きて」
珠希に頭を撫でられて、目が覚めた。
「大丈夫? 気分悪くない?」
「うん、大丈夫」
珠希は、いつもの珠希だった。それに、もう希って呼ばないんだ。
もしかして、さっきのは、夢? って不安になる。
僕が体を起こすと、珠希が近付いて来た。
「さ、決勝戦。かっこいいとこ見せてくれるんだよね?」
そう言って笑いながら、僕の頬に口付けた。やっぱ、夢じゃないんだ。そうなんだ。
僕はすっかり舞い上がって、珠希と一緒に会場に向かった。
珠希は僕の手をぎゅっと握って歩いてくれる。
珠希……好き。
***
珠希にかっこいいとこ見せるんだ、そう思うと僕は今まで以上にやる気が湧いてきた。
サーブのコースも、スマッシュも、とにかくキマった。
それに、相手の先輩がかなり強くて、試合も楽しかった。
楽しんでいるうちに、いつの間にか終わっちゃって、気がついたら僕は優勝していた。
クラスのみんなが僕を取り囲んで、口々に褒めてくれる。
「珠希、僕勝ったよっ」
少し離れた所にいた珠希と空也先輩の元に駆け寄ると、珠希はあのくしゃくしゃの笑顔で僕の頭を撫でてくれた。僕の胸をぎゅっと掴む、あの笑顔だ。
なんだか、その笑顔を見たのが久しぶりに感じる。
「かっこよかった」
「ほんとっ?」
かっこいい、なんて言われたのは初めてで、僕は嬉しくなった。アユにも見ててほしかったんだけど、どうしたのかいない。
「珠希、でれでれしすぎ」
「うるさいよ、空也」
「希くーん!」
ばたばたと人が走って来る音が聞こえて、実と数人のF組の子たちが見えた。
「あ、久慈先輩、紫堂先輩こんにちは。ね、歩くん知らない? もうすぐ試合なんだけど、どこにも見当たらなくって、みんなで探してるんだけど」
「え? アユなら今朝部屋で会ったっきりだよ。試合見に来てくれるって約束してたんだけど、来てないし。どうしたんだろう」
「どこにもいないのかッ?」
空也先輩が鋭い声で言った。
「あ、はい、最近嫌がらせもけっこうあったし、希くんが階段から突き落とされたって聞いたから、もしかして、って」
「あ、空也っ」
実くんの話を聞いた瞬間、空也先輩は恐い顔をして走って行った。
「僕らも、手分けして探そう」
***
思い付く場所をいろいろと探しながら、みんなで電話で連絡を取り合った。
僕は、自分に起こったことと照らし合わせて、最悪の状況も想像した。その度に涙が浮かんでくる。
「大丈夫、絶対無事だから」
そう言って珠希は僕の手をぎゅっと強く握って歩いてくれる。
最後にアユを見たっていう人たちの情報から、やっと居場所が分かった。
使われていない教室だった。
ドアには鍵がかかっている上に、鍵穴には接着剤が詰めてあった。
「なにか、工具持って来ましょう」
「いや、いい」
竜くんがそう言ったけど、空也先輩は首を振った。
空也先輩は恐いくらいで、アユのことが心配で、張り詰めているのが分かった。
先輩、ほんとにアユのことが好きなんだ。
その気迫に、誰も口出し出来なかった。珠希も、そのことをよく分かっているみたいだった。
ダンッダンッと先輩は体を使ってドアを壊した。何度目かで、ドアがばたんと倒れて、真っ暗な教室でうずくまっているアユが見えた。
空也先輩がすごい勢いで中に入って行くと、すぐにアユを抱えて出て来た。
「あれ? 何? どうしたの? みんな」
みんなの心配をよそに、アユはぽかんとした顔をしていた。
「どうしたのじゃないよ、こっちが聞きたいよ!」
僕も、心配しすぎてどうにかなりそうだったのに、もう。
だけど、その顔を見たら、ほっと安心できた。
***
「ノン、オレ負けたから空也んとこ行ってくる」
久しぶりの4人の食事の後、アユがそう言った。なんでも相手の言うことを聞く。それが約束だった。
「ええ!…空也先輩?」
僕は、ここへ来てから少し増えた知識を巡らせて、いろいろ考えてしまった。
だって、空也先輩はアユのことが大好きで、それに、アユにキスとかしちゃったし、で、なんでも言うこときく、とか……
「のんちゃんは、僕にまかせて」
アユのことで頭がいっぱいになっていると、珠希がそう言った。
僕、珠希の恋人になったんだ、よね? で、部屋に行くんだ。
見上げると、微笑んでいる珠希と目が合った。
今度はどきどきして、そのことで頭がいっぱいになってしまった。
(了)
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