217人が本棚に入れています
本棚に追加
/273ページ
ほっぺや、おでこ、まぶた、唇。いろんなところに珠希がキスをするから、僕はくすぐったくって、思わず笑ってしまった。
「珠希、くすぐったい」
「だって、希かわいいから」
そう言って笑う珠希が、あのくしゃくしゃの笑顔で、僕は嬉しくなった。だから、少し背もたれから体を起こして、珠希のほっぺにキスをした。
そしたら、珠希は目をまんまるにした。それから、僕ぎゅっと抱き締める。
「いっ」
「あ、ごめん。傷、痛かった?」
「ううん、大丈夫だよ」
珠希の腕が当たって傷が痛んだから、思わず声をあげてしまった。
「傷。濡らしちゃだめなんだよね」
「うん」
「昨日はどうやっておふろ入ったの?」
「うんと、絶対に左腕を濡らさないように気をつけてシャワーして、必死で片手で髪と体洗ったんだ。すっごい苦労した」
「そっか……」
珠希は考え込んでしまったみたい。どうしたのかな。
「珠希?」
「あのさ、手伝う」
「へ???」
僕は驚いて目をぱちぱちした。それから首を横に振ったけど、さっきのは疑問形じゃなかったような……。
「いい? 体洗ったら呼んで。湯舟入ってていいから」
「う、ん」
僕はバスルームのドアを閉めて、もじもじしていた。別に、男同士だから、裸とか見られても恥ずかしくないはずなんだけど。
なんか違う。
わかんないけど、なにかが決定的に違う……。気分的に。
結局、珠希の申し出を断ることもできず、僕は頷いてしまった。珠希は未だにこの傷が自分のせいだって責任を感じているし、髪の毛を洗ってくれるのは、たしかに助かるし……。
でも、ずっと珠希を待たせる訳にもいかないし。
そう思って、僕は服を脱いで、右手だけを使ってボディーソープで体を洗った。
珠希が乳白色の入浴剤を入れてくれていたおかげで、湯舟に入っちゃえば恥ずかしさは紛れた。
「たまきー、いいよー」
僕が少し大きな声でそう言うと、少ししてバスルームの扉が開いた。
一瞬、誰だか分からなかった。めがねを外した珠希は……。かけててもかっこよかったけど、もっともっと、なんていうか、美しい。
「はい、上向いて」
珠希はそう言って僕の頭を湯舟の外から出るように促すと、髪を洗ってくれた。
いつのまにか、恥ずかしさは消えて、僕は気持ちよさに目を閉じた。少しすると、珠希が髪の毛をタオルで拭いてくれているのが分かった。
ぼーっとしていると、ざばっと水の音がした。
気持ちいいな、このまま眠っちゃいそう。
そう思った時、突然異変に気がついた。
「さ、出るよ」
気がつくと、珠希が僕を湯舟から抱き上げようとしていた。
「え、あ、わあっ」
一瞬でタオルにくるまれて、そのままベッドに連れて行かれた。
「着替え出しといたから。僕もシャワー浴びてくる」
そう言いながら珠希は僕のせいでびしょぬれになったTシャツを脱いで歩いて行った。
少しの間、その引き締まった筋肉質な上半身にみとれていたけど、すぐにはっとした。
今、見たのかな、珠希。
僕の体、見えてたのかな。
考えるとまた顔がゆでだこになったから、僕は珠希が戻ってくるまえに、出してくれたTシャツとショートパンツに着替えた。どっちも、ぶかぶかだけど。
僕は、ベッドに寝転んで自分の心臓がどきどきいうのを聞いていた。
今ごろ、アユはどうしてるのかな。
「眠い?」
気がつくと、珠希がベッドの側に立っていた。珠希はTシャツと、おしゃれなアディダスのジャージのパンツを履いている。なんか、パジャマも様になるよね。
鏡で見なくっても珠希のサイズの大きな服を着た自分がどんなふうに見えるのか想像がつく。
まったく、嫌んなる。
「うん。ちょっと。珠希、ありがと。髪、洗ってくれて」
そう言うと、珠希はまたあの笑顔で笑ってくれる。今はめがねをかけていないから、よけいに特別に感じる。
「今日は、なんか疲れたよね」
「うん」
そう言いながら珠希は僕の隣に横になった。
「珠希、仕事もいろいろ忙しかったんだよね? なのに毎日僕の応援来てくれたもんね。大変だった?」
僕が横を向いてそう言うと、めがねをかけていない珠希と目が合った。
ずきんっ、とまた胸が鳴る。
「希。それなんだけど」
名前を言われたら、また心臓が跳ねた。
「内緒にしててほしいんだけど」
「うん……」
「あのさ、僕、ほんとは仕事なんかじゃなかったんだ」
そう言って珠希はどうしてか恥ずかしそうに笑った。
「へ?」
「あのさ。理事長に……免除してもらってるんだ。仕事っていう名目で」
「おじさんに?」
僕はわからなくって、ただ珠希の言葉を繰り返した。
「あのね、僕、球技ってダメなんだ。足は速い方だと思うし、喧嘩も弱くはないと思うんだけど……球技だけは苦手なんだよね」
珠希は、はにかんだように笑いながら、そう言った。
めがねを外した珠希の顔に、少しだけ幼さが見えたような気がした。
「苦手って……それって、下手ってこと?」
「ああ、そうだよ。もうド下手。そうだな、希のクラスのバスケチームのこと、僕は笑えないんだ。ほんとは」
僕は、自分の足がもつれてコケたり、あらぬ方向へボールを投げるクラスメイトの様子を思い出した。
「くっ……」
思わず吹き出してしまった。
「ほら、それじゃあ寮長久慈様の威厳、まる潰れだし……笑いすぎ、希」
珠希の声が聞こえたけど、僕は笑い続けた。
だって、いつもかっこよくって苦手なことなんてありませんっていう珠希が、って想像したら、おかしくって。
「こら、希」
そう言って珠希の手のひらでほっぺを挟み込まれる。
それでも、僕は笑い続けた。
「秘密だからね」
「うん、あ、でもちょっとバレてほしいかも」
「ええ?? どうして?」
珠希は少し驚いた顔をする。
「だって……そしたら、珠希のファン、ちょっとは減るかもしれないもん。そしたら、僕の心配もちょっと減る」
「心配ってどういう心配?」
「だって……ライバル多すぎるもん。心配」
それを聞いた珠希は、急に真顔になった。
「希」
「うん……」
「そんなかわいいこと言ってると、襲うよ?」
そう言って珠希は僕をぎゅうっと力いっぱい抱き締めた。
おそう?
襲うぅう???
一瞬でパニックに陥る。
「冗談だよ」
僕の顔を覗き込んだ環はいたずらっぽくそう言う。でも、その目に、なにか僕のまだ知らない、情熱が宿っていた。
珠希は僕の前髪を後ろに流すようにかき上げる。
おでこ、ほっぺ、鼻先、そして唇。いろんなところに触れるだけのキスがそっと落とされる。
目を開けてみると、珠希の顔がすぐ近くにあって僕を見下ろしていた。
その瞳は、さっきよりもさらに熱を増しているみたいに感じた。
どくん、どくん、と、心臓の音がダイレクトに頭に響いて来る。
最初のコメントを投稿しよう!