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「ごめん、オレ、先部屋戻るから!」
4人での久しぶりの食事だったのに、アユはずっと様子が変で、ついには途中で席を立ってしまった。
昼に僕が珠希とつき合うことになった、って言ってからずっと変だ。
それに、珠希が話し掛けると変におどおどしたりする。
「珠希」
「いいよ、行っておいで」
僕が困って見ると珠希がそう言ってくれた。
僕はすぐにアユの後を追った。ひとつの考えがぐるぐると頭を巡っている。
そうじゃなかったらいいのに!
部屋に入ると、アユは驚いたように僕の顔を見た。アユの目が赤くて、泣いていたのかと思ってびっくりした。
やっぱりそうなんだ!
「そんな、あゆのことも考えずに…だけど…まさかあゆが珠希のことを…
好きだなんて!」
「嫌いじゃない!」
『へ?』
僕らはお互いに顔を見合わせて、固まっていた。
あ、れ?
「とりあえずさ、誤解だから。友達としてしか見てないから。珠希も、空也も」
そう言った時、ドアが開いた。珠希が、苦笑いしてる。
その理由がすぐに分かった。
「あ、後でお腹すくかもしれないと思ったから、ご飯持ってきたんだけど…」
珠希の隣に食事のトレイを持った空也先輩。
……ぜったい、今の聞こえてた。
「あ、んん。ありがと」
アユは空也先輩をちらっと見ると、鼻をすすってそう言った。
アユには見えてないんだろうな……。空也先輩の後ろにね、すっごい真っ黒いオーラが出てるよ。絶対、すっごい怒ってるよ。先輩。
……こ、こわい。
空也先輩は、そのままドアの側に立っていた珠希の横を無言ですり抜けて、さっさと歩いて行った。
僕は恐くてさよならも言えなかった。
「じゃ、また明日ね。希」
「うん」
「おやすみ」
「珠希……空也先輩、大丈夫かな」
僕がアユに聞こえないよう、珠希に近付いて小声でそう言うと、珠希はくすっと笑った。
「大丈夫だよ。きっと、逆に闘志燃やしてると思うな」
僕にはよく分からなかったけど、珠希がそう言うんなら心配ないな、と思った。
「じゃあね」
珠希の顔が近付いて来て、ほっぺにキスされる。
僕が驚いて目を丸くすると、珠希はにっこり笑って、僕の髪をくしゃっとしてから出て行った。
僕は慌ててアユを振り返ったけど、アユは相変わらず背中を向けてなにか、ぼそぼそと呟いていた。
……アユ、大丈夫かな。
「おはよん。希。すっごい噂でもちきりだよ」
登校してすぐ、シュウがそう言った。
「おはよ。なに? 噂って。おはよ、順平」
「おはよー」
すぐに順平も登校して来た。
「ほんとなの? あの噂」
「あの噂、って? だから何」
「紫堂先輩と久慈先輩が親衛隊集めてボッコボコにしたって。んで、希と歩に手ぇ出した奴は許さないって。もうすでに何人か病院送りなんだろ? 退学させられた奴もいるらしいし」
シュウが言うのを僕はぽかんとして見ていた。
「あ、俺あと、紫堂財閥が圧力かけて親の会社潰されかけた奴もいるって聞いたよ」
順平が言うのを聞いても、僕はなにがなんだか。
だけど、登校中に感じていた変化の理由が分かった。休みの前と、明らかに違った。
みんな、僕らを見てひそひそ言ったりしてたけど、それは前みたいな中傷ではなかった。
僕らを恐い目つきで睨む人もいなかった。アユのことをかっこいいって言ってる声まで聞こえてきた。
「で? どれが本当なんだ?」
ふたりが僕をのぞき込む。
「どれって。どれもほんとじゃないよ。確かに、アユを呼び出した人たちに、ふたりが怒ってくれたのは事実だけど。怪我人は出てないからね、ほんとに」
そう言いながら僕はふとボコボコに、って言ってた珠希を思い出した。
もしも、あの人たちが逃げて行かなかったら、そうなってたりして……あはは、まさかね。
「そっか。そうだよな」
「でも、久慈先輩と紫堂先輩が守ってくれた、ってのは合ってたんだ?」
「うん、そう」
「だよなー、あん時だって、すげえかっこよかったもん。希が階段から落ちた時『希に手を出したら、絶対に許さない!』って。俺マジで夢に見るかと思った」
シュウはびしっと俺を指さして、珠希の真似なのか、声色を変えて宣言した。
こうやって、噂に尾ひれがついていくんだね……。
「でもさ、マジな話。絶対久慈先輩って希のこと好きだと思った。なあ? 順平」
「ああ、それは思った」
「だろーう? だからやっぱ、あきらめるのは早いよ、希」
ふたりは僕を覗き込むように見た。
「あ、の、そのことなんだけど……」
「うん?」
「あの、さ」
僕はふたりにだけ聞こえる声で告げた。
「いろいろ誤解があって。それで……えと、つき合うことになったんだ」
「え……ええ、えええええ! 久慈先輩と付き合ってんの!?? 希! うそッ!」
シュウの大声が、ショートホームルーム前の教室に響き渡った。
「しっっ! 声おっきいい」
そう言ったのも手後れ。
『えええええ!』
もちろん、クラス中に知れることになってしまった……。
その日一日中、休み時間になると机を取り囲まれて、根掘り葉掘り聞かれたことは言うまでもない。
それに、なんだかみんなは変な想像をしてるみたいだし。
何人ものクラスメイトに、『どうだった?』とか聞かれた。
どう? って、なにが!??
もちろん、キスのこととか、言いたくないし。
僕は曖昧に笑って流した。
もう僕は疲れ果てたよ。
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