217人が本棚に入れています
本棚に追加
/273ページ
「希、ランチいこ」
クラスの戸口に珠希が立っていた。
クラスの視線が背中に刺さって痛い。
「順平。みんなに、変な想像しないでって、言っといて」
僕は涙目でそう訴えたけど、順平は笑っただけだった。
「まあ、そのうちみんな飽きるってば」
そう言って僕の背中を叩く。
「希、どうしたの? 疲れた顔して」
珠希が僕のほっぺに触れた瞬間、またクラス中から変なため息が聞こえて来た。
「なんでもないっ、早く行こうっ」
***
「あはははッッ」
僕が今日一日大変だったことを言うと、空也先輩は大笑いした。
アユは食べるのに夢中。
珠希はかわいそかわいそ、と言って僕の頭を撫でてくれた。
きっと、珠希も空也先輩も、噂されたりすることには慣れっこなんだろう。
きっと、いろいろ大変なこともあったんだろうな。
そういえば、昨日すごく怒ってるみたいだった空也先輩は、今日はなにもなかったみたいにいつも通りだな。
「なに? 希。俺のことじろじろ見て。そんな熱っぽい目で見てっと、珠希に怒られるぞー。珠希は怒ると俺より何倍も恐いんだぞ」
空也先輩にそう言われて、僕は思わず口ごもった。
「え? あ、なんでもないですっ。なんでもないよ? 珠希」
僕が珠希を見ると、珠希は微笑んだ。
「空也、希をからかわないで」
「はいはい、恐い恐い」
そうやって軽口をたたく空也先輩は、いつもと変わらないように見える。
それよりも変なのはアユだ。
そういえば、さっきから何か喋ったっけ?
ずっと、無言で食べてるような……。
ちょうど食事を終えた頃、校内放送で呼び出しがかかった。
珠希と僕は、理事長室に呼ばれた。
「伯父さん? どうしたんだろう。アユも、一緒に行く?」
「ううん、いい。俺まだ食べてる」
アユはサラダを頬張りながら、そう言った。
「そう? じゃあ。行ってくるね。また放課後」
「ああ、伯父さんによろしく言っといて」
「うん。空也先輩、さよなら」
「ああ、また明日なー」
心なしか、空也先輩が嬉しそうに見えた。アユとふたりっきりになれるから?
「のんのんっ、よく来たねっ」
理事長質に来た途端。いつものハグを受けた。
くるぞ、って覚悟したけど、やっぱり避けることはできなかった。
「おじさん、ぐるじい」
「ああ。ごめんごめん。だって、ぜんぜん遊びに来てくれないからさ。思わず放送使っちゃったよ」
伯父さんは机に戻ると、あはは、と笑いながら言う。
「へ? まさか、それで呼んだの?」
「うん、まあ半分はそれだけど。それだけじゃないよ」
伯父さんは急に真面目な顔で、珠希の方を見た。
「あのね、久慈くん。僕、ふたりのこと頼むって言ったよね?」
「はい」
おじさんが真顔でそう言うと、心なしか珠希の顔が引き締まったように見えた。
「いろいろ情報が集まって来るんだけど。紫堂くんとふたりで、力になってくれてるらしいね。ありがとう」
「はい」
「で、それはすごく感謝してるんだけど。率直に。久慈くん、希に手出した?」
「え……お、じさん」
「手を出したというか……。僕は、希くんのことを、好きになりました。だから、これから真剣におつきあいさせてもらいます。それでは、だめですか?」
珠希の声が、高い天井の部屋に響いた。
そのやりとりの間、僕はまるで部外者みたいに突っ立っていることしか出来なかった。
伯父さんが、いつもの伯父さんじゃない。
「のんのん。久慈くんはこう言ってるけど、どう思う?」
突然聞かれて、僕はあたふたした。
「あ、の……。僕も珠希のこと好きだから。嬉しい」
だんだん顔が真っ赤になるのが分かって、うつむきそうになったけど、一生懸命伯父さんの目を見て言った。
「うん。そっか」
伯父さんはにっこり笑った。
「のんのん。いい人みつけたね。久慈くんは、本当にいい子だから。小さい頃から見て来たし。まあ、そうじゃなかったらおじさんどうするか。ね、久慈くん」
「はい、大切にしますから」
「頼んだよ」
そう言って、伯父さんはやっといつものおじさんらしく、微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!