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「さすがにちょっと、緊張した」
理事長室を出ると、珠希がふうっと息を吐いた。
「珠希でも緊張することなんてあるんだ?」
「あるよ、もちろん。まだ心臓、ばくばくいってる」
そう言って珠希は笑う。
珠希がさっき言ったことを、もう一度思い出してみた。
「珠希。ああいうふうに言ってくれて、嬉しかった」
「その場しのぎじゃないから。あの人にそんなの通用しないし。本心だから」
そう言って珠希は僕の手を握って歩き出した。
今、キスしたいな。
そう思ったけど、そんなことやっぱり言えない。それに学校の中だし。
そしたら、急に珠希につないでる手を引っ張られた。
ちゅ、っと手の甲に柔らかいキス。
僕が驚いて見上げると、珠希がにっこり笑っていた。
「希。さっき言おうと思ってたんだけど」
エレベーターホールの近くで、珠希が立ち止まった。
「うん」
「悪い噂だったら、僕も嫌だけど。僕らが付き合ってるのって、悪いことじゃないよね?」
「うん」
「じゃあ、僕は別にみんなに噂されても。いいよ。希かわいいから心配だし。僕のだってみんなに知れた方が、むしろ好都合」
「珠希ぃ?」
僕はびっくりしたけど、珠希はいたずらっぽく目を輝かせていた。
「どう?」
僕の顔をのぞき込む。
考えてみた。
そっか……珠希が僕のことを好きだって、みんなに知れるんだ。
今までに受けた嫌がらせを思い出した。中傷のメモを思い出した。
「悪く、ないかも」
「ね?」
珠希はつないでるのと反対の手で僕の頬に触れる。
それから、僕の唇にキスをした。触れるだけでもなくって、昨日したキスとも違う。
ちゅ、ちゅ、とついばむように唇を合わせるキス。
それでも、僕の頭はぽうっとなった。
「危ない、学校だってこと忘れそうだった」
耳もとで少しかすれた珠希の声がして、現実に引き戻された。
それから頬にキスする。
「さ、授業が始まるよ」
そう言って珠希は微笑んだ。
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