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白樺館へようこそ
なんとか迷うことなく寮の部屋に辿り着いて、入った途端、僕らはまた目を白黒させた。
学園とか庭とか寮の概観からして、ちょっとは予測していたけど。
まさか僕らの部屋もこんなに豪華だとは思ってなかったから。まるで芸能人でも住んでるような、およそ僕らには分不相応な広い部屋。寝室がふたつあって、共有部分のリビングにはおっきなテレビとソファ。ちゃんとダイニングとキッチンもある。
アユはおっきなベッドとか猫足のバスタブとか、とにかくぎゃーぎゃー叫びながら驚きをあらわしていた。
もちろん僕もびっくりしてたけど。頭がぽうっとなって、周りを見回すばっかりだった。
うちが実はお金持ちだって聞いた時、これ以上驚くことなんてないって思ってたのに。
僕は母さんが言ってたことを思い出していた。
アユがゲームを買ってくれなかったこととかに文句を言ってた時、最後にこう言ったんだ。
『うるさいわね、贅沢ならこれから嫌でもできるから』
きっと、こういうことだったんだろう。
「そう言えば今日何があっ
たの?」
少し落ち着いてソファに座った時、さっき気になっていたことをアユに聞いてみた。
「えー?なんかフィナンシェがいっぱいあって、おいしすぎてお菓子の悪魔がキ…」
アユは考え込むように黙った。
「き?」
「んー、なんでもない。とにかく、金髪の悪魔には近づいちゃダメだぞ! ノンはかわいいんだから」
「金髪の悪魔ぁ? よくわかんないけど。もう、僕かわいくないってば」
さっき伯父さんに言われた時はおもいっきり怒ってたくせに。もう。
「かわいいのよーん。さぁさっさと行こう」
アユは僕の肩に後ろから手をかけると、はずんだ足取りで電車ごっごスタイル。
結局、金髪の悪魔のことは教えてくれなかったし。なんだかはぐらかされたような気もするけど。
アユも大丈夫みたいだから、無理に聞くのはやめておこう。
僕らは言われたとおり、寮長である珠希先輩の部屋に行くことにした。僕らの部屋は2階。先輩の部屋は5階にあるらしい。
エレベーターに乗り込んで、5階のボタンを押そうと思ったのに、4階までしかないことに気付いた。
「なんでだろ? ま、とりあえず4階で降りてみよ」
アユの提案に従って、僕らは4階で降りてみることにした。
4階で降りたけど、その上に繋がる階段とかも見つけられなくって、僕らは途方に暮れた。
「でも、ぜったいこの階のどっかから上がれるはずじゃね。行こっ、ノン」
アユは僕の手を掴むと、ずんずんと廊下を進んで行く。
もちろんこの階にも深紅のじゅうたんが敷いてある。
明日が入学式で明後日から授業だっていうのに、学校でも寮でもまだ誰にも出会っていない。
「なんかしんとしてるね」
「みんな、飯食いに行ってるんだろ。ああ、なに食おっかなー。きっとさ、すんごいメニューあると思うな」
「ほんっと、アユは食べることばっかりだね」
思わず笑ってしまう。
「だって、腹減ったんだもん。さっさと珠希んとこ行って飯いこう」
「うん……ね、ここ、401号室ってさっきも通ったよ」
「へ? そうだっけ? ああもっ、どうすんだよ。5階に行けねえじゃんッ」
「しっ、アユ声がおっきいよ」
いきなりアユが大声で叫ぶから、僕はびっくりして止めた。アユの声がうわんうわんと高い天井に反響する。
「君たち、ここでなにうろうろしてんの? 3年じゃないよね」
背中に声を掛けられて振り向くと、上級生っぽい人が僕らを恐い目つきで見ていた。
そう聞くっていうことは、3年生なんだろう。
「ああッ?」
明らかにアユが不機嫌そうな声を出すから、僕はあせってアユより少し前に出た。
「あの、僕ら、外部入学で、これから寮長のた、久慈先輩の部屋に説明を聞きに来るように言われてて……でも5階にどうやって行けばいいのか分からなくて」
「久慈くんが、来いって言ったの? へえ、君らが外部の」
「はい……」
先輩は信じていないのか、僕のそばに来て、じろじろ見てくる。僕の手を握っているアユの力が、さっきよりも強くなった。
「かわいいね、君。じゃ、教えてあげよう。この廊下をまっすぐ行った奥に、大きな観音開きの扉があるから。そこを抜けて通路を少し行くと、オートロックになってる。そこで部屋の印押せばいいよ。一緒に行こうか?」
初めは恐いって思ったけど、思ったよりも親切でいい人みたい。
「あ、いや、よくわかりましたっ。ありがとうございましたっ」
そこまで黙っていたアユがいきなりそう言って、走り出した。僕は足がもつれそうになりながら、後を追った。
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