5■萌える緑☆恋する季節? SIDE:希(了)

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 放課後。薔薇園で会うのが、僕と珠希の日課になった。  珠希は本当にお花に詳しくって、僕にいろいろ教えてくれる。  ほとんど毎日、部屋に戻って荷物を置くと、ここへ来る。  今日は僕の方が先だったみたい。  初めて来た頃には蕾だった薔薇たちは、今やほとんど満開になっている。  はやく珠希こないかなあ、って思っていると、ちいさなありんこが行列を作っているのを見つけた。こういうの見るのってなんかひさしぶり。  どこへ行くのか気になって後をついていくと、ありの巣があるのをみつけた。  僕はずっとそれをみつめていた。 「なに見てるの?」 「わ、ふあっびっくりした」  いつのまにか珠希がすぐ後ろにいて、僕を背中から抱き締めていた。 「遅くなってごめんね」  珠希が相変わらず僕の耳もとで話すから、僕はおどおどしてしまう。なんていうか、珠希の声は深くって、耳もとで囁かれると、どこかへ連れて行かれそうになる。  とにかく。いい声すぎるんだ。 「ううん、僕もちょと前に来たところ」  僕はそう言いながら、珠希の声から逃れようと向き直った。 「そ、よかった」  それでも、その笑顔にはやっぱり弱いんだけど。 「空也のお馬鹿がさ、あんまりごきげんでなかなか帰してくれなくってね」  僕が分からずに首を傾げていると、珠希はふっと笑った。 「空也ってばもう一日中歩くんの話ばっかり。それでも聞いてたんだけど、放課後帰ろうとしてもまだ話すから」  そう言って珠希は思い出したようにまた笑いだした。  ふたりがつき合い出したことを、数日前に知った。  僕はいつも目の前でふたりが繰り広げるらぶらぶさに、目のやり場を失ってしまう。  ふたりは当たり前みたいだけど、僕は照れてもじもじしてしまう。 「ま、空也のことは放っといていいよ、今は僕らのこと」  そう言って珠希は近付いて来ると、頬にキスした。 *** 「ねえ珠希。どうして、ここにはだれも来ないの?」  休憩に薔薇のアーチの側に腰掛けた時、気になっていたことを聞いてみた。 「うん……なんていうか。言葉で説明すると聞こえがよくないんだけど。学園の敷地内でこの薔薇園だけは、うちの私有地なんだ」 「私有地?」 「そう。久慈家の。僕が初等部に入学した頃、父がここを買い上げて……なんていうか、僕の情操教育の為だって」 「はあ……」 「あ、引いた?」 「ううん……なんていうか、」  情操教育?……よくわかんないけど、珠希はりっぱにたくさんのお花をひとりで育てて。で、こんな素敵な人に成長したんだ。 「すごいね。その教育、成功だよね」  僕が真顔でそう答えると、珠希は笑いだした。 「なにそれ」  そういいながら珠希は笑ってる。 「だから、とにかく、珠希はかっこいいってことっ」  なんで笑われているのか分からなくて、僕は苦し紛れにそう言い捨てた。 「希」  すると、珠希の手で髪の毛をかき回された。  そうされても、今は前みたいなおどおどする気持ちはなくって。すっごく安心する。  ここ数日、僕は学校に入学して以来っていっていもいいくらいに、穏やかで幸せな日々を過ごしている。  アユは、前みたいに普通に戻ったし、僕と珠希のことを本当に喜んでくれてるみたい。  クシュンッと隣で珠希がクシャミをした。 「大丈夫?」 「ああ、大丈夫」  そう言って珠希は微笑む。  だけど、なんとなく僕は珠希の頭を撫でた。 「なんか、僕キャラじゃないから。そういうふうにされるのって慣れてない」  そう言うと珠希ははにかんだように笑った。 「じゃ、これから僕がいくらでもしたあげる」 「希。それ、かわいすぎ」  そう言って僕が撫でていた腕を掴んで離すと、僕を抱き寄せた。背中に、珠希の熱を感じる。 「ちょっとこうしててもいい?」  僕は頷いた。  まただ。  珠希が耳もとで囁いて、僕はまだ自分が知らない世界に落ちて行くような感覚を味わった。 「はあ……」  珠希が深いため息を漏らして僕を抱き締めている腕に、より一層力を込めた。 「どうしたの?」 「ううん、なんでもない」  そう言うけど、なんでもないのにそんな溜め息とか……。  僕は心配になって珠希を振り返ろうとした。けど、珠希は強い力で僕のお腹に腕を回していて、体ごと振り向くことが出来なかった。 「たまき?」 「うん、ちょっとこのままで」  結局珠希がどんな顔をしてるのか見えなくって、僕は黙って状況を受け入れた。  少しじっとしていると、珠希がふっと息を吐き出したのが分かった。腕の力が緩まる。  僕はすぐに珠希を振り返った。 「珠希、どうしたの?」  でも、珠希はいつも通りの微笑みで僕を見ていた。 「ん?」  そう言って覗き込まれると、逆に今度は僕がどきどきして挙動不振になってしまう。 「たまき。どうしたの? なんか悩みあるん、だったら、僕聞く」  顔が赤くなっているのを感じながら、僕は一生懸命言う。 「んああう……」  僕がそう言ったのと同時に、珠希が僕に飛びついてきた。 「え、あわ、なに? なになに? どうしたの?」  僕はびっくりして、珠希の胸の中で固まっていた。頭の上で珠希の声がする。 「我慢したのに、希は、もう」 「え? どういう意味?」  なんとか珠希の腕をくぐり抜けて顔を出すと、すぐ側に珠希の顔があった。  僕を、見てる……。  珠希の目が真剣で、僕は合った目を離せなかった。熱っぽい、あの日見た目だ。 「希、好き」 「うん、僕も。好き」  珠希の手が僕の耳の横の髪に差し込まれる。  珠希の顔が近付いて来て、僕は目を閉じた。  ゆっくりと、舌を絡め合う。  珠希の舌が僕の歯列をなぞる。突き上げるような感覚が僕を襲う。  もう壊れそうなくらい、心臓が速く打っている。  ぞくぞくする感覚に飲み込まれそうで、僕は恐くなって珠希のシャツをぎゅっと握りしめた。  こういうキスをするのは、まだ2度目だ。  ぽつっと顔に水滴が落ちて来た、気のせいだと思っていたけど、それがだんだん多くなった。  雨だ……。  ぼんやりとした頭でそう思ったけれど、珠希も僕も、離れようとはしなかった。  少しして離れると、またお互い息が上がっていた。  珠希の髪が濡れていて、黒い髪がさらに漆黒に輝いている。前髪がめがねにかかって邪魔そうだったから、僕は手をのばしてかきあげた。 「希い、苦しい」  そう言って珠希が僕にもたれ掛かって来た。 「え? 大丈夫? 珠希」 「大丈夫じゃない。やばい。どうにかなりそ」 「え? うそ、どうしよう。保健室行く?」  珠希は僕の肩に顔を埋めている。そういうふうにされるのは初めてだったけど、僕はいつも珠希がしてくれるみたいに背中を撫でた。 「違う、そういうのとは違う」  珠希がくぐもった声で言う。 「え? じゃ、どういう」 「希やばい。僕が苦しくなるくらい、エロい」 「へ? は、へ、えええ」  え? ……ええ?  僕が思考停止状態に陥っていると、珠希が体を起こした。 「あ、ごめん、僕そんなこと言うつもりじゃなかった。思ってること口から出ちゃった」  いつもと変わらない笑顔でにっこり珠希が笑うから、そっか、言うつもりじゃなかったんだ。  って納得しようとしたけど、そういうこと、珠希考えてるんだ??  僕は、逃げ出したいようなしがみつきたいような、よく分からない気持ちになって、そわそわおどおどし始めた。 「あ、の、珠希」 「ごめん希。大丈夫。突然襲ったりとか、絶対そんなことしないから安心して。そんな顔しないでよ」  そう言って珠希は柔らかく笑う。珠希がそう言うんなら、きっとそうだって安心できた。  それに、珠希とならなんにも恐くない。 「うん」 「けっこう濡れちゃったね。風邪ひかないうちに、帰ろうか」 「うん」  気がつかなかったけど、ふたりとも相当雨に濡れていて、抱き合っていなかった背中側のシャツが体に張り付いていた。  それでも、こんなにも濡れるともう急ぐ気にもなれなくって、ゆっくりと手を繋いで帰った。 「久慈くん、ちょっといいかな」  寮の玄関ホールに入った時、管理人さんが珠希を呼び止めた。 「はい」  僕にはあんまり聞こえなかったけど、なにか大切なことみたいだった。 「ちょっとすみません……希、もう部屋に戻って。ちゃんとお風呂であったまるんだよ?」  珠希は管理人さんとの話の途中で僕の側へ来た。 「え、珠希は?」 「僕はこれからちょっと仕事になりそう。また後で。夕食の時に」 「うん、わかった。じゃあまた後でね」  そう言うと僕はエレベーターホールへ向かった。  少し振り返ってみると、珠希と管理人さんは難しそうな顔で話し込んでいた。  寮長って。大変そう。
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