5■萌える緑☆恋する季節? SIDE:希(了)

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 部屋に入る頃にはちょっと体が冷えていた。  すぐにバスタブにお湯をはって、ゆっくりとつかる。  珠希、大変だな。  ……。珠希のこと思い浮かべると、さっきのキスが蘇ってきた。誰もいないのに、そわそわする。  なんだかどうしようもなくなって、ざぶんっとお湯の中に潜った。 「ぷはっあ」  息が苦しくなって顔を上げると、なんだか自分が馬鹿みたいに思えておかしくなってきた。  ふと目にはいった鏡に写っていた自分の顔が、だらしなくにやけていて、情けなくなる。  バタンッ ダンッ ドンッ  ドアが乱暴に閉められる音がした。それから、冷蔵庫を開けたり閉めたりする、乱暴な音も。 「アユー? 帰ってきたの?」  僕は声を張り上げた。  それから耳をすます。  でも、なんにも聞こえてこない。  すぐに分かった。  アユ、なんか怒ってる。 「アユ、やっぱ帰ってたんだ。おかえり」 「うん。ただいま。今ごろお風呂?」  アユは。僕の予想を裏切って怒っているふうには見えない。 「うん、雨に濡れちゃったから。アユ、もうすぐごはんだよ? そんなにお菓子食べたらごはん食べれないよ?」  アユは、ポテトチップスとポップコーンを開けて、むしゃむしゃと食べていた。 「うん、大丈夫、食べれるよ」   そう言ったけど。  なんか変。アユがこんなにも好んで塩気のあるものを食べてるなんて。アユは絶対的な甘党なのに……。  だけど、アユの背中が聞くなと語っていたから、僕はなにも気がついていないふりを続けることにした。 *** 空也先輩が僕らを迎えに来て、食堂に行った。僕はふたりが喧嘩でもしたのかと思って伺っていたけど、なんだか違うみたい。  アユも空也先輩に対して普通だし。僕の思い違いだったのかも。 「空也先輩、珠希は?」 「あいつは遅れて来るよ。すぐ来るから、先注文しな」 「はい」  さっきの仕事、まだ終わってないのかな。そう思っていると、すぐに珠希が部屋に入って来た。 「遅れてごめん」 「俺らも今来たとこ。うまくいったか?」 「ああ。なんとか」  珠希はすごく疲れた顔をしている。 「珠希、仕事って、そんなに大変だったの?」 「うん、まあ。3年生でね、隠れてペット飼ってた生徒がいてね。彼は前にも何度かそういうことがあって、ほら、ここペット禁止だから。で、厳重注意して実家にペットを引き取ってもらったんだけど。今回はミニ豚。で、彼がどうしても一緒にいたいって泣いてダダこねるから。管理人さんも困っちゃって。僕も一緒に説得してたんだ」 「俺ミニ豚ってみたことない、かわいかった? 珠希」 「ああ……なんていうか、ミニではなかったね。囲いに入れようとしたんだけど、暴れ回って大変だった」  珠希はアユの質問に、苦笑いで答えた。 「ほんっと、あいつ懲りねえよな。前なんか、猿だぜ? で、大きくなると暴れて手ぇつけらんなくなってさ。あん時もあいつ、廊下に響き渡る声で泣いてたよな、連れて行かないでー、とか言って」  空也先輩は笑う。なんか、お金持ちって、思い付くペットも違うんだね。猫とか犬じゃないの? 僕がそう思ってアユを見ると、アユも目を丸くして僕を見ていた。  僕とアユと空也先輩はお肉。珠希は、疲れて食欲がないって言って、コンソメスープを頼んだ。  なんか心配。  珠希、大丈夫かな。 *** 「珠希、大丈夫?」  食事の後、なんだか心配で、珠希の手をそっと握った。 「うん、大丈夫だよ。疲れただけだから、眠れば治るし。心配してくれたの? ありがと」  そう言って珠希は僕の髪を撫でる。  ほんとは部屋まで送って行ってあげたかったけど、そんなことしたらよけいに珠希を疲れさせちゃう気がして、僕はアユと一緒に部屋に戻った。
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