5■萌える緑☆恋する季節? SIDE:希(了)

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 朝、目が覚めると、ベッドにアユがいなかった。 「アユー? 入るよ?」  そう言ってドアを開けると、アユの部屋は空っぽだった。  あれ?  いつもどんなに起こしても起きないアユが。おかしいな、どこ行ったんだろ。  携帯に電話しても、メールしても返事がなくて。  もう登校しなきゃだめなのに、心配になってきた。  そうだ、空也先輩なら知ってるかも。  そう思って電話をかけた。  呼び出し音を聞いてる最中で、そういえば空也先輩に電話するのって初めてだ。って気がついて、妙に緊張してしまう。  数回目かのコールで、やっと先輩が出た。 『あ、希か? 歩なら一緒にいるから心配するな、ちょっと朝の散歩で転んでな、怪我しただけだ』 「えっ、アユが怪我? 大丈夫ですか?」 『ああ、大丈夫。怪我事体は大したことない。頭打ったから、今日は大事とって休ませる……えッ、空也オレ学校いけ……しっ、黙ってろ……まあ。そういうことだから。心配せず登校しな』 「あ、はい。じゃあ、お願いします」  なんか、おもいっきり元気なアユの声が聞こえた気が……。  ま、まあ元気そうだったし。  空也先輩が一緒なら大丈夫だよね。  それから僕は珠希に電話をかけてみた。  いつもならとっくに迎えに来てくれてる時間なんだけど。  珠希は何度コールしても電話に出なかった。  もう遅刻しちゃう。  そう思って、慌てて部屋を出た。毎日一緒に学校行こう、って。約束した訳じゃないしな……。  そう思うと、ちょっとだけ悲しくなった。 「おはよ希、めずらしいな、希がこんなギリギリなんて」 「うん、ちょっと走ったよ」  僕が机に座ると、順平とシュウがふたり同時に顔をのぞき込んで来た。 「……なに?」 「う~ん、寝不足じゃなさそう」 「ああ、いつも通りのつやぴか肌だぞ」 「だから、なに?」  ふたりが顔を近付けてまじまじと見てくるから、どうしていいのか分からなくなった。 「いや、久慈先輩のとこ泊まって遅刻しそうになったのかと」 「そうそ、希が大人になっちゃったのかと」 「え、は、ええ?? なにそれっ、そんなんじゃないよっ」  僕が真っ赤になって否定すると、ふたりが大笑いし始めて、やっとからかわれていたことが分かった。 「そっか、こういうことの意味はちゃんと分かるんだね」 「うんうん」 「もうふたりとも! 馬鹿にしすぎ!」  そりゃ、だって。この学校に来る前はなんにも知らなかったけど、毎日いろんなこと聞かれるし、いろいろ聞くし……そりゃ、多少は知識だって増えるよ。 ***  朝会えなかっただけで寂しくて、休み時間にメールをしてみたけど、返事がなかった。  珠希、どうしたんだろう。  昨日の疲れきった珠希の顔が目に浮かぶ。大丈夫かな。  僕は休み時間が来る度にメールのセンター問い合わせをして、授業中も珠希のことばっかり考えて過ごした。  もしかして、珠希メール来てることに気がついてないのかも、って思ってもう一通送ろうかとも考えたけど、やっぱりそれも迷惑かと思ってやめた。 ***  放課後になって、薔薇園でしばらく待ってみたけど、やっぱり珠希は来なくて。  電話にも出ない。  出たくないのか、出られないのか分からなくって、僕の心はもやもやしっぱなしだ。  それでも、昨日のしんどそうな珠希の顔が思い浮かんで、僕はいてもたってもいられなくなった。  とはいっても……。  僕は5Fにつながるエレベーターホールの前に突っ立っていた。  かれこれ数回、ペガサスのボタンを押しているけど、返事がない。  いないのかな。  どうしよう。珠希に会える方法が、他に思い浮かばないよ。 「どうしたの?」  背中に、優しい声がかかった。振り返ると、端正な顔だちをした人が立っていた。 「あ、歩くん? じゃないか、お兄ちゃんだ。希くん?」 「あ、はあ……」  いきなり名前を言い当てられて、僕は戸惑った。 「あ、怪しくないから。僕、副会長の春日有哉(かすが ゆうや)歩くんとは生徒会室で何度か会ってるんだ」 「あ、そうなんですか」 「じゃあ、久慈くんのお見舞い? 今日休んでたもんね」 「え? あ、はい、そうです」  珠希、やっぱり具合悪いんだっ? そう思ったけど、知らなかった、って思われたくなくて話を合わせた。 「上がれなくて困ってたんだね。寝てるのかな、久慈くん。じゃあ一緒に上がる?」 「いいんですか?」 「うん、久慈くんがどのくらい希くんのこと好きか、空也から少しは聞いてるから」  そう言って春日先輩は微笑む。  珠希、空也先輩にどんなこと言ってるんだろう。 「じゃあね。鍵、開いてるといいけど」 「あ、大丈夫です。なんとかします」  僕が強い決意でそう言うと、どうしてか春日先輩は笑った。 「じゃ、僕行きますっありがとうございましたっ」  僕はお礼を言って、ペガサスの飾りのドアへと急いだ。もちろん、鍵が締まっていた場合のことなんて、なにも考えてないんだけど。  でも。  奇跡は起きた。鍵はかけられていなくって、ドアは簡単に開いた。 「珠希っ、大丈夫?」  珠希はベッドに、頭と足が逆の方向で、うつ伏せに寝ていた。  服も昨日の食事の時に着てたボーダーシャツと黒いパンツのままだ。 「ん……」  僕の声が聞こえたのか、珠希は少しだけ呻いた。 「たまきーぃ」  僕はベッドの上に上がって、珠希の顔を覗いた。ほとんど布団に埋まっていて見えない。  僕は珠希の髪の毛をかき上げると、そっとおでこに触れてみた。  熱がある。  もしかしたら、昨日雨で体が冷えたままいたせいなのかもしれない。 「珠希、たまきぃ、」  何度か呼び掛けると、珠希はうっすらと目を開いた。 「ん……あ、希? 頭痛い、」 「うん、熱あるよ、ちょっとちゃんと寝ようか、ね、」  僕は珠希に言い聞かすように言って、なんとか仰向けにさせた。  抱えて直してあげる、なんて絶対に出来ないから、この際頭と足が逆の方向なのはしょうがないとして。  なんとか珠希の下から布団をひっぱり出してちゃんと掛けた。 「寒い」  珠希は布団に顔を埋めたまま、そう言った。まだ熱が上がるんだ。 「大丈夫、すぐあったかくなるよ」  どうしよう。  パニックになりそうな自分を押さえて、僕は必死に思い出した。大丈夫。  母さんがしてくれたことを全部珠希にしてあげればいいんだ。  よし、落ち着け。  まずは、テーブルにあった珠希のカードキーを持って部屋を出ると、管理人室に走った。  おじさんに事情を話して、氷枕と体温計と風邪薬をもらった。  それからまた走ってすぐに部屋に戻った。
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