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朝、目が覚めると、ベッドにアユがいなかった。
「アユー? 入るよ?」
そう言ってドアを開けると、アユの部屋は空っぽだった。
あれ?
いつもどんなに起こしても起きないアユが。おかしいな、どこ行ったんだろ。
携帯に電話しても、メールしても返事がなくて。
もう登校しなきゃだめなのに、心配になってきた。
そうだ、空也先輩なら知ってるかも。
そう思って電話をかけた。
呼び出し音を聞いてる最中で、そういえば空也先輩に電話するのって初めてだ。って気がついて、妙に緊張してしまう。
数回目かのコールで、やっと先輩が出た。
『あ、希か? 歩なら一緒にいるから心配するな、ちょっと朝の散歩で転んでな、怪我しただけだ』
「えっ、アユが怪我? 大丈夫ですか?」
『ああ、大丈夫。怪我事体は大したことない。頭打ったから、今日は大事とって休ませる……えッ、空也オレ学校いけ……しっ、黙ってろ……まあ。そういうことだから。心配せず登校しな』
「あ、はい。じゃあ、お願いします」
なんか、おもいっきり元気なアユの声が聞こえた気が……。
ま、まあ元気そうだったし。
空也先輩が一緒なら大丈夫だよね。
それから僕は珠希に電話をかけてみた。
いつもならとっくに迎えに来てくれてる時間なんだけど。
珠希は何度コールしても電話に出なかった。
もう遅刻しちゃう。
そう思って、慌てて部屋を出た。毎日一緒に学校行こう、って。約束した訳じゃないしな……。
そう思うと、ちょっとだけ悲しくなった。
「おはよ希、めずらしいな、希がこんなギリギリなんて」
「うん、ちょっと走ったよ」
僕が机に座ると、順平とシュウがふたり同時に顔をのぞき込んで来た。
「……なに?」
「う~ん、寝不足じゃなさそう」
「ああ、いつも通りのつやぴか肌だぞ」
「だから、なに?」
ふたりが顔を近付けてまじまじと見てくるから、どうしていいのか分からなくなった。
「いや、久慈先輩のとこ泊まって遅刻しそうになったのかと」
「そうそ、希が大人になっちゃったのかと」
「え、は、ええ?? なにそれっ、そんなんじゃないよっ」
僕が真っ赤になって否定すると、ふたりが大笑いし始めて、やっとからかわれていたことが分かった。
「そっか、こういうことの意味はちゃんと分かるんだね」
「うんうん」
「もうふたりとも! 馬鹿にしすぎ!」
そりゃ、だって。この学校に来る前はなんにも知らなかったけど、毎日いろんなこと聞かれるし、いろいろ聞くし……そりゃ、多少は知識だって増えるよ。
***
朝会えなかっただけで寂しくて、休み時間にメールをしてみたけど、返事がなかった。
珠希、どうしたんだろう。
昨日の疲れきった珠希の顔が目に浮かぶ。大丈夫かな。
僕は休み時間が来る度にメールのセンター問い合わせをして、授業中も珠希のことばっかり考えて過ごした。
もしかして、珠希メール来てることに気がついてないのかも、って思ってもう一通送ろうかとも考えたけど、やっぱりそれも迷惑かと思ってやめた。
***
放課後になって、薔薇園でしばらく待ってみたけど、やっぱり珠希は来なくて。
電話にも出ない。
出たくないのか、出られないのか分からなくって、僕の心はもやもやしっぱなしだ。
それでも、昨日のしんどそうな珠希の顔が思い浮かんで、僕はいてもたってもいられなくなった。
とはいっても……。
僕は5Fにつながるエレベーターホールの前に突っ立っていた。
かれこれ数回、ペガサスのボタンを押しているけど、返事がない。
いないのかな。
どうしよう。珠希に会える方法が、他に思い浮かばないよ。
「どうしたの?」
背中に、優しい声がかかった。振り返ると、端正な顔だちをした人が立っていた。
「あ、歩くん? じゃないか、お兄ちゃんだ。希くん?」
「あ、はあ……」
いきなり名前を言い当てられて、僕は戸惑った。
「あ、怪しくないから。僕、副会長の春日有哉(かすが ゆうや)歩くんとは生徒会室で何度か会ってるんだ」
「あ、そうなんですか」
「じゃあ、久慈くんのお見舞い? 今日休んでたもんね」
「え? あ、はい、そうです」
珠希、やっぱり具合悪いんだっ? そう思ったけど、知らなかった、って思われたくなくて話を合わせた。
「上がれなくて困ってたんだね。寝てるのかな、久慈くん。じゃあ一緒に上がる?」
「いいんですか?」
「うん、久慈くんがどのくらい希くんのこと好きか、空也から少しは聞いてるから」
そう言って春日先輩は微笑む。
珠希、空也先輩にどんなこと言ってるんだろう。
「じゃあね。鍵、開いてるといいけど」
「あ、大丈夫です。なんとかします」
僕が強い決意でそう言うと、どうしてか春日先輩は笑った。
「じゃ、僕行きますっありがとうございましたっ」
僕はお礼を言って、ペガサスの飾りのドアへと急いだ。もちろん、鍵が締まっていた場合のことなんて、なにも考えてないんだけど。
でも。
奇跡は起きた。鍵はかけられていなくって、ドアは簡単に開いた。
「珠希っ、大丈夫?」
珠希はベッドに、頭と足が逆の方向で、うつ伏せに寝ていた。
服も昨日の食事の時に着てたボーダーシャツと黒いパンツのままだ。
「ん……」
僕の声が聞こえたのか、珠希は少しだけ呻いた。
「たまきーぃ」
僕はベッドの上に上がって、珠希の顔を覗いた。ほとんど布団に埋まっていて見えない。
僕は珠希の髪の毛をかき上げると、そっとおでこに触れてみた。
熱がある。
もしかしたら、昨日雨で体が冷えたままいたせいなのかもしれない。
「珠希、たまきぃ、」
何度か呼び掛けると、珠希はうっすらと目を開いた。
「ん……あ、希? 頭痛い、」
「うん、熱あるよ、ちょっとちゃんと寝ようか、ね、」
僕は珠希に言い聞かすように言って、なんとか仰向けにさせた。
抱えて直してあげる、なんて絶対に出来ないから、この際頭と足が逆の方向なのはしょうがないとして。
なんとか珠希の下から布団をひっぱり出してちゃんと掛けた。
「寒い」
珠希は布団に顔を埋めたまま、そう言った。まだ熱が上がるんだ。
「大丈夫、すぐあったかくなるよ」
どうしよう。
パニックになりそうな自分を押さえて、僕は必死に思い出した。大丈夫。
母さんがしてくれたことを全部珠希にしてあげればいいんだ。
よし、落ち着け。
まずは、テーブルにあった珠希のカードキーを持って部屋を出ると、管理人室に走った。
おじさんに事情を話して、氷枕と体温計と風邪薬をもらった。
それからまた走ってすぐに部屋に戻った。
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