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「たまき、ちょっとこれ頭の下にしいてね」
僕が話し掛けると、珠希はとろんとした目をうっすらと開けて、一応体を動かして協力してくれる。
「ありがと、つぎ熱計るよ。脇の下に体温計挟むからね、ごめんね」
布団を少しめくる。
「さむ……」
「ごめんね、すぐ終わるから」
僕は珠希のTシャツの裾から体温計を持った手を差し入れた。
「ひぁ……ん」
僕の手が珠希の脇腹をかすめた瞬間、今まで僕が聞いたことのなかったような声が、珠希の口から熱っぽい吐息と一緒に漏れた。
僕はびくっとして思わず手を止めた。
パ、パニックを起こしてる場合じゃないぞ。
そう思ってまた少し手を進める。心臓がドッドッドッドッとすごい勢いで打ってる。
「ん……ぁ、のぞ……」
ひいっ!
僕は少し乱暴にそのまま手を進めて、なるべくがさつな感じになるように、珠希の脇に体温計を差した。
それから腕を少し動かして、ずれ落ちないようにする。
なに、今の声。
なんていうか、い、色っぽかった。
ピピッ ピピッ と電子体温計が鳴った。
よし。
今度はTシャツの裾から手を入れることをやめて、首から手を入れた。
「ふぅ……ん、」
ひいいっ、やっぱり!
僕は体温計を取り落としそうになりながらも、なんとか取り出すことに成功した。
38.5℃ 相当つらいだろうな。それなのに、僕、色っぽいとか変なこと考えちゃったよ。
「希」
またうっすらと目が開いて、珠希が僕の名前を呼んだ。
「珠希、大丈夫?」
僕は珠希の顔を覗き込んで言った。
「うん。大丈夫、でもない。けど……でも」
熱のせいで潤んだ瞳で、珠希は僕を見上げる。
「ん?」
「来てくれて、ありがと。ひとりでどうしようかと思ってた」
珠希はかすれた声で続ける。
「うん。もう大丈夫だよ。薬もあるし、いっぱい水分取らないとね。明日土曜日だから休みだし、ゆっくり寝てるといいよ」
「なんか」
珠希は、僕を熱っぽい目で見上げたまま固まった。
「なんか、希、頼りがいある」
「そ、え、そうかな? そんなことないと思うな」
頼れるなんて言われたことなかったから、嬉しくて舞い上がってしまう。
「希が来てくれて、よかった」
珠希は苦しそうにふうっと息を吐くと、また目を閉じた。
冷蔵庫を覗いたけど、飲み物がなかったので、僕は売店まで買いに行くことにした。
部屋を出る前に、もう一度珠希の顔を見る。とくに変わった様子はない。
そう思って背中を向けたら、手を掴まれた。
「珠希? どうしたの?」
「希、どこ行くの」
珠希は苦しそうな顔で問いかける。
「飲み物買いに行くだけだよ。すぐ戻って来るから」
「すぐ?」
「うん、すぐだよ」
そう言って僕は珠希の手を布団の中に戻して、珠希の頬を撫でた。まだ熱い。
「じゃあ、行ってくるね」
珠希はこくんと頷いて僕を見上げている……うう。
僕は自分の胸がきゅうっと音をたてて縮むのを感じた。
なんか、今、珠希とか空也先輩とかが言う、かわいいっていう意味がすっごくよく分かった気がする。男とか関係ないんだ。
珠希、すっごくかわいい。
***
「珠希、スポーツドリンク買って来た。ちょっとだけ、体起こせる?」
「ん、んん」
珠希は呻きながら、なんとか体を起こした。
珠希の背中を支えて起き上がらせると、背中にクッションをふたつ入れる。
珠希は、安心しきって僕に体を預けているようだった。
そう思うと、僕はなぜか嬉しくなった。珠希は苦しいっていうのに、僕って最低なのかも。
「はい、いっぱい飲んで」
ストローを口元に持って行くと、珠希は2、3口飲んだ。
「だめだよ、もっともっとがんばっていっぱい飲んで。汗かかないと。ね?」
僕がそう言うと、その日初めて少し、珠希は微笑んだ。
「そんな、かわいい顔で言われたら、がんばらないとね」
そう言って、珠希はストローに口をつける。
かわいいのは、絶対珠希だもん。少なくとも今日は。
そう思ったけど、この際珠希が言うこときいてくれるならなんでもいいや、と思って、僕は笑顔を返した。
「なにか食べないとね。ね、珠希、おかゆと、おじや、どっちがいい?」
珠希をまたベッドに横たえて聞くと、きょとんとした顔で黙っていた。
「希、おじやってなに」
「え? おじや知らない?」
「うん」
あれ? みんな知ってるもんだと思ってたんだけど。それとも、金持ちの人はもっと違う食べ物を食べるのかな。
「あのね、おかゆみたいで、もうちょっと味つけしてあって、卵とじなの」
「へえ……なんか、おいしそうだね。食べたい」
「わかったっ。じゃあ。作るっ」
「え?希が作ってくれるの?」
「そうだよ? あれ、なんか不安そうな顔した? 大丈夫だよ。僕上手だもん」
僕はいざ、キッチンへ向かった。
今日は、泊まった方がいいかも。そう思ってアユに電話したけど、アユは出なかった。
怪我のことも聞きたかったし、話したいんだけどな。
そう思って、何度かかけていると、アユが出た。
「アユ、もう部屋戻ってる?」
『あ、ううん、空也んとこ』
「そっか。珠希がね、熱出してるんだ。それで、僕看病するから今夜は珠希の部屋に泊まるね」
『ええ? えあ、うん。わかった』
「アユ、怪我の具合は大丈夫?」
『ああ、もうぜんっぜん大丈夫だからなっ、ノンは気にすんなよ。じゃ、またな』
「うん。ごめんね」
『なんで謝んだよ、変なの』
アユはへへっと笑って、電話を切った。
よかった。怪我も大丈夫そうだし。
***
「さ、珠希。できたよおじや。起きれる?」
「うん、だいじょうぶ」
珠希の部屋にどんぶりとかレンゲみたいなものはもちろんなくって。だから、深めの器とスプーンにした。
「はい。熱いよ」
僕はスプーンに乗せたおじやをふうふうして、珠希に差し出す。
「ありがと……。希、僕自分で食べれるよ」
珠希は恥ずかしそうにそう言ったけど、僕はもちろん聞き入れなかった。
だって珠希、かわいいんだもん。なんでもしてあげたくなるよ。
珠希は観念したように口を開けて、ぱくっと食べる。
「おいし……」
「ほんと? よかった。じゃあ、もうちょっと食べて、薬飲もうね」
「うん」
珠希は頷くと、よろよろと手を差し伸べて、僕の頭を撫でた。
今夜くらいは、僕はそれをやる方だと思うんだけどなっ。
もちろん、その不満は胸に閉じ込めて、僕は珠希の口にスプーンを運んだ。
珠希が薬を飲んで眠ってから、僕は一度部屋に戻った。
制服のままだったから、部屋着に着替えた。
それに、珠希のシャワーを勝手に借りていいのか迷ったから、お風呂に入って戻ることにした。
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