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生徒会長・紫堂空也(しどうくうや)
「やっぱ、すんごい豪華なメニューとか、ある??」
「さあ、どうだろう。あるかな。メニューはたくさんあるし、けっこう美味しいから、きっと気に入ると思うよ」
その珠希先輩の答えにアユは上機嫌。もうスキップしそうに浮かれている。
「お、珠希じゃん、ちびっこ連れて」
後ろから声がして、振り返ると、珠希先輩と同じくらい背が高くて、さらさらの金髪で綺麗な顔をした人が立っていた。
「アッ! 悪魔!」
突然アユがそう言って、僕の前に立ちはだかった。僕の手をぐっと握っている。
「アユ、あの人、だれ?」
僕が小声でそう聞くのと同時に、珠希先輩の声がした。
「空也、またおイタしたね? この子に」
珠希先輩の友達らしい。先輩は呆れたような声でそう言った。
アユは徐々に移動して、珠希先輩の背中に隠れる。
「おいおい酷いな天使ちゃん、ってか堕天使? だいたいさっきのはお前が勝手に人のもの食うからだろ?」
「だからって、あんなっ」
あんな、って、何?
アユ、あの人になにされたの?
またもや、僕の頭の中は、?で埋め尽くされてしまった。
「よろしく、希、歩。学園でわからないことがあったらなんでも俺に相談しな」
そう言って生徒会長の空也先輩は微笑む。
アユが言ってた悪魔、っていうのは空也先輩のことみたいだけど。そんなに悪い人には見えないのにな。
それに、珠希先輩の友達みたいだし。
僕はアユの隣に並んで、珠希先輩の後ろから空也先輩を観察してみる。
ちらっと見てみると、アユはまだ怒ってるみたいな顔で空也先輩をジッと見ていた。
ほんとに……なにがあったんだろう。
「あゆ、どうしたの? 空也先輩いい人じゃない」
そう言っても、アユはなにも答えずに押し黙っている。
「食事? 俺も一緒にいっていい?」
空也先輩はそんなアユのことは気にしてないみたいで、僕らに笑いかけながらそう言った。
やっぱり、悪い人じゃなさそう。
「もちろんです!」
「歩は?」
空也先輩がアユの顔を覗き込む。
「…やだ」
アユは下を向いたまま、ぼそっとそう呟いた。
***
結局、アユは食い気に負けて空也先輩と一緒に行くことを承諾した。
食堂っていってもやっぱり豪華で。
今まで家族で食事に行ったどのレストランよりも綺麗だった。天井からはシャンデリアとかぶらさがってるし。
それでも、今日一日でゴージャスな物には多少目が慣れたから、もうちょっとやそっとじゃ驚かないもんね。
『キャー!!』
『ちょっと、あいつ誰?』
アユが言ったとおり、生徒はみんな食堂に集まっていたらしい。
で、この叫び声……。
なんなの、これ?
ここ、男子高だよね。うん。
見渡す限り男子しかいないし。でも、かん高い声とか、裏声みたいな声が飛び交ってる。
みんな珠希先輩と空也先輩のことを好きみたい。なんていうか、アイドルっていうかヒーローたいな存在なんだろうか。
たしかに、ふたりともすっごくかっこいいし。生徒会長と寮長だし。
それは分かるんだけど。その中には明らかに僕やアユに対する中傷が含まれていて。
僕はびっくりして思わず足を止めた。
僕みたいな庶民が、珠希先輩と一緒にいちゃいけないっていうことなんだ。
アユはなにも気にしてないみたい。っていうかもうごはんのことしか頭にないんだろうけど。空也先輩の後をずんずん歩いてついていっている。
でも、僕はみんなのひそひそ話す声とか責めるような目つきが気になって、少し離れてとぼとぼと歩き出した。
「のんちゃん、どうしたの」
のろのろ歩いてる僕に合わせて、珠希先輩が隣に並んだ。
先輩が隣に来ると、またみんなの声が強くなったような気がして、肩をすくめる。
でも、珠希先輩に心配をかけちゃいけない。
僕は黙って首を振った。
すると、背中にそっと手が添えられた。大きな手が、優しく強く、僕の背中を押す。
「大丈夫、僕が守るから」
珠希先輩は低音のよく響く声で、僕の耳元に屈んでそう言った。
びっくりして見上げると、珠希先輩はあの優しい顔で微笑んでいた。
僕の気持ちをなんとか解そうとそう言ってくれたんだろう。
ひときわ大きな悲鳴が聞こえたような気がしたけど、珠希先輩の手に支えられた僕は、少しだけ安心して歩くことが出来た。
広くて縦長の食堂をやっと歩き終えると、一番奥に個室に繋がる扉があった。
僕はてっきりあの食堂のどこかでみんなにじろじろ見られながら食べなきゃいけないんだと思っていたから、安心した。
「さ、座って」
珠希先輩は隣の席を指さした。アユは相変わらず部屋の中をうろうろして、見ている。
「うっわ、何これ。VIPルーム!?」
「生徒会長、寮長クラスになると人気が高くてゆっくり食事もできないからな」
空也先輩がそう言って、僕は納得した。
僕とアユは空也先輩が頼んでくれたお肉を食べることにした。
運ばれて来た料理はすごくおいしそうで、綺麗な盛り付けだったけど、さっきびっくりしたせいで、なんだか胃がきゅうっと縮んだみたいになっている。
さっきまでお腹がぺこぺこだと思ってたのに。
「食欲、ないの?」
考え事をしていると声がして、珠希先輩が僕を心配そうに見ていた。
「い、いえ、ちょっと疲れただけです」
「そう? ならいいんだけど」
先輩は納得してなさそうに僕を見ている。
あ、の。さっきから気になってたんですけど、これってワインですよね?」
僕は慌てて話題を変えることにした。いつまでも珠希先輩に心配をかけてちゃいけない。
真紅の液体が、グラスに入っている。お魚を食べている珠希先輩のグラスには透明の。
「うん、そうだよ」
「高校で……アルコール、出すんですか?」
僕は不思議に思って聞く。
「うん、そうだよ。ここに通ってる子たちのほとんどが、いずれ家や会社を担って世に出るんだ。そういう社交の場に出入りする機会も多いしね。だから、そういう時にスマートな行動が取れるように、教養としても、学ぶんだよ」
へえ。そうなのか。
そう思って赤ワインに少し口を付けてみる。思ったよりも甘くて美味しい。でも、すぐに咽がカッと熱くなる。
こんなの一杯飲んだら酔っちゃうな……と思って目を上げると、アユがグラスを口に運んでいるのが見えた。
「あ!あゆ、それ…」
僕が止めようとした瞬間、アユはグラスの中身を一気に飲み干していた。
数分後。ひとりケラケラ笑うアユが。それに、空也先輩に絡んでる……。やっぱり。
僕の家はこういうことに関しては甘くて、だから家でも少しはお酒を飲んだりしてた。
でも、アユはいっつもこの調子で、何を飲んでも、コップ一杯で酔うし、おまけに酔うとすごく陽気になって、人に抱き着いたり絡んだりしまくる。
家族にならそういうことしても、よかったけど。
「先輩、すいません」
「なんでノン謝ってんのぉ?」
僕が謝ると、アユが不服そうな声を出した。
「気にするな、ちょっと頭冷やしてきてやる」
空也先輩は、僕にそう言うと、アユの体を軽々と抱き上げた。腕の中でアユはばたばたしてる。
「いじめないようにね」
珠希先輩はにっこり笑って空也先輩に手を振った。
僕はどうしていいのかわからなくって、立ってみたものの、空也先輩はもうひとつのドアから出て行ってしまった。
「あ、あの……」
「いじめるって、冗談だよ。大丈夫、空也は悪い奴じゃないから。それに、理事長にも念押されてるから」
「へ?」
「うちのかわいい甥を頼むって」
そう言って珠希先輩は微笑む。
「じゃ、僕らのこと知って」
「うん。知ってるよ。僕と空也はね……それにっ」
珠希先輩はふ、っと笑う。
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