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「ううん、大丈夫。今日は、どうもありがとう」
「いや、僕も楽しかった。ありがとう、じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言うと、珠希が少し屈んで、僕の額にキスを落とした……。
「じゃあね」
そう言って背中を向けると、振り返らずに廊下を歩いて行く。
僕は、その背中を、ぼーっと眺めていた。
キス? だよね、今の。
珠希が角を曲がって見えなくなると、ドアを閉めた。
自分のおでこを手のひらで押さえてぼーっと突っ立っていた。なんか、心臓がぎゅってする。
ソファに座って、ぼーっとしてると、携帯がポケットの中で震えた。
『部屋に戻って来たよ。これから、なにか困ったことがあったら、絶対に僕になんでも話してね。じゃ、おやすみ』
珠希からだった。
僕は、また心の中が、ありがとうの気持ちでいっぱいになるのを感じていた。
返事を返さなきゃ、って思うのに、浮かんでは、これじゃ堅苦しいとか、これじゃ甘えてるみたいとか、そんなことを思ってなかなか返事を返せなかった。
10分くらい悩んで、ようやく返事を打つことができた。
『ありがとう、珠希。僕、この学校に来てよかったよ。これからもよろしく。おやすみなさい』
明日からの学校生活が不安でしょうがなくって、目が冴えて眠れそうになかった。
アユと、部屋は一緒だけどクラスは別だ。
いつも、僕はアユにいろんなところで助けてもらってた。
でも、明日からは一人で頑張らなくちゃいけない。
友達、できるかな。
電気を消して、ベッドに入ってそんなことを考えていたら、よけいに不安になって、目が冴えて来た。
すると、今日の食堂でみんなが僕を見る目つきを思い出した。
みんな、僕のことが嫌いみたいだった。あの中に、同じクラスの子も、いるかもしれない。
入学式っていっても、幼稚舎から高校までずっと同じ。きっと、みんな仲良しなんだろうな。
よそものは、アユと僕だけ。
そう思うと、不安になってきた。
ぎゅっと目を閉じても、眠れそうにない。
僕は迷ったけど、携帯を手にした。12時。もう寝てるかもしれない。
『珠希、もう寝た?』
僕は、珠希がまだ起きていますように、もし寝てたら起こしてしまいませんように、って願いながらメールの送信ぼたんを押した。
すると、ほんとにすぐに、携帯が鳴った。珠希からの着信だった。
『のんちゃん、どうしたの?』
珠希の心配そうな声。
「あの、寝てなかった? 遅くに、ごめんなさい」
『いや、まだ寝るつもりなかったから、いいんだよ。どうしたの? なんかあった?』
「ううん。あの、えっと、僕と珠希はもう、友達かな」
『え……あ、うん。そうだよ。どうしてそんなこと聞くの?』
「よそ者は僕とアユだけだから……。明日、友達が出来るか心配で眠れそうにな……ご、めん、やっぱりよく考えたらこんなことでメールするなんて、どうかしてた」
『いや、いいんだ、てか。けっこう嬉しい』
珠希の声がすぐ側で響いて、僕はくすぐったい気持ちになった。
『僕のこと、思い出してくれて、嬉しかった……大丈夫だよ。少なくとも、僕はのんちゃんと仲良くなりたかったんだ。だからきっと、クラスのみんなもそう思うんじゃないかな』
「ほんと?」
『うん。絶対に』
珠希が、僕のために気休めを言ってくれてるんだ、って。そういうふうに思っても、それでもやっぱり嬉しかった。
また、ありがとうの気持ちでいっぱいになる。
『少しは、役に立てた?』
「うん。すごく。ほんとにありがとう。なんか落ち着いた」
珠希の声を聞いていると、気持ちが穏やかになって行く。
『眠れそう?』
「うん」
『大丈夫、きっとうまく行くよ。もしも、うまく行かなかったら、いつでも僕が助けになるから、ね』
「うん。ありがとう」
『もう、お礼はいいよ。ゆっくり眠って』
「ん……」
目を閉じると、心地よい眠気に、飲み込まれた。
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