六月二十一日、午前九時

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「あたしが一緒に行くのは、駄目かな」  翠も母も、目を丸くして千香を見つめる。  沢木を最後に見かけたのは千香だ。そのことに少しの罪悪感を抱いている。沢木を追いかけようとしてやめたことが、千香の心の中にしこりの様に残っているのだ。何か出来ることがあるなら力になってあげたかった。 「確かに、沢木さんを一人で行かせるよりはましだけど……でも、昨日も天候は大荒れだったじゃないの。万が一、二人に何かあったらと思うと、お母さん不安だわ」  母は心配そうな表情をしている。昨夜の情報提供元としてなら、母よりも自分のほうが頼りになるはずだという自負が千香にはあった。しかし、自分が責任ある一個人としては見られていないことも分かっている。悔しいけれど、千香は高校生で、まだ未成年なのだ。代替案を出すほかない。 「あたしじゃ頼りないなら、お母さんがついてってあげればいいんじゃないの? 沢木さんが妊娠してるなら、旦那さんが居なくて尚更不安なはずだよ。探しに行くのを止めるのは、ちょっと可哀想じゃないかな」 「三駅先の△△駅よね? お母さん、あのあたりは詳しくないのよ」 「……あの、娘さんは夫を目撃しているんですよね。出来れば彼女と一緒の方が有難いです。土地勘もありそうですし」  翠は控えめな態度ながら、主張がはっきりしている。母も渋々ながら頷いた。翠が母より自分を頼りにしてくれたので、千香は少し嬉しかった。 「雨が酷くなったら戻る。それで、どうかな?」  千香は母と翠の双方に了解を得て、外出準備のために一旦部屋に戻る。  ドアノブに手をかけると、母がついてきて紺色の野暮ったい雨合羽を手渡してきた。 「華の女子高生が身に着けるにはダサいシルエットと色だね……」 「何が華の女子高生よ。千香、あんたは今から沢木さんの保護者なの。彼女が突飛な行動をしないか、きちんと見ておくこと」 「はいはい、分かってるよ。困ったことがあったら電話するからね」 「よろしい。あとね、昨日のことはあんたの責任じゃない。あんたは旦那さんを見かけて声をかけた。そのことをしっかり伝えた。出来ることはきちんとやったと思うわ。昨日、夜遅くに友達の家からびしょ濡れで帰ってきたのも、沢木さんのことが気になったからよね?」  母の言葉に千香はぎくりとする。まさか罪悪感を抱いていたことまで見透かされているとは思わなかった。……流石に一回り年上の彼氏がいることはバレていないようだけど。  自分は頼りにされてない、きちんと評価されてないと思うこともあるけれど、やはり相手は母だ。娘のことをきちんと見ている。 「うん、行ってくる!」  俄然やる気が湧いてきた。頼りになる娘ぶりを発揮して、母を見返すのだ。
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