六月二十一日、午前九時

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「あたしが沢木さんとすれ違ったのはここです。沢木さんは駅の方に向かってました。雨で良く見えなかったから、本当に駅に向かったかどうかは分からないんですけど」  千香は、私鉄で三駅先の住宅街に再び立っていた。昨日と違うのは、小雨になっていることと翠が一緒に居ることだ。  雨はまだ降り止まない。けれど、勢いは随分弱まった。このままの調子で夕方まで持ってくれれば良いのだが。 「普通の住宅街ね。この近くに花屋はあったりする?」 「やっぱ気になりますよね。コンビニの近くにありますよ、こっちです」  あの大雨の日の記憶を手繰り寄せながらコンビニへの道を歩く。  あの日、雨さえ降っていなければ。沢木の姿をはっきり認識できただろうし、濡れた服や纏わりつく湿気に煩わされずに沢木を追えただろう。実際そうなったとしても、適切な行動を取れたかどうかは分からないけれど、そう思いたかった。 「ありがとう、ついてきてくれて」 「いいえ。あたしもあの日、もしかしたらもっと、何か出来たんじゃないかなって思ってたので」 「私もそう思ったわ。あなたがもっと必死に止めてくれてれば、こんなことにはならなかったって。でも、元はと言えば私が愚かだったの。本気にしてしまったから。あなたは悪くないわ」  翠は淡々としていた。玄関口で見た血走った眼が嘘かのように落ち着いている。けれど、彼女の言葉が何を意味しているのかは分からなかった。  昨夜、沢木夫婦は何気ない喧嘩でもしたのかもしれない。そうであってほしかった。それ以上の恐ろしい事情を見出したくなかった。    
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