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 キスシーンはあるけれど、それはポーズだけで実際にキスはしない。  そう。 その通りの演出プランで行くはずだったのだ ‥‥‥ さっきまでは。  運が悪いと言うか規則遵守(じゅんしゅ)が裏目に出たというか、学校に提出した上演冊子サンプルにたまたま目を通した校長が、教育的配慮によってその場面に “ 待った ” をかけてきたのである。 演目を解説した見開きページには、頑張りすぎた漫画研究部の傑作イラストが中央にでかでかと配されていて ─── 崩壊炎上する巨大要塞をバックに、舌を絡めあって抱擁する半裸の先輩となんか機動ウォリアーっぽい僕の姿がそこにはあった ‥‥‥ なにマゲドンだよコレ! 世界観全然違うし!  校長の意向を受けた職員会議で急きょ台本の検閲が行なわれ、その結果出された大まかな指示は  ・ 抱き合うの禁止。  ・ 無論、キス禁止。  要するに、もっと高校生にふさわしい ( 保護者クレームが殺到するおそれの無い ) 健全で無難な演劇にしなさいと指導しているつもりらしい。    ◇ 「 実際にはキスしませんって、あたし何度も説明したんです。 でも学校側としては、いかにもそういうコトしてますっていう見せ方をするのもダメなんだそうで 」  副部長が講堂で練習中だった部員みんなを集めて、自分としては出来る限り先方を説得しようと努力してみたのだが的態度でキスシーン中止の報告を始めたのが、ついさっきのこと。  それを聞かされ激怒したヒロイン役の先輩が、だからと言っておめおめと退却して来る奴があるか気味のキレ方で床に踏みつけ攻撃を始めたのがその数分後。  もしシーン変更の通達がどうしても動かせないものだとすると、夏休みと二学期が始まってからの一ヶ月強を(つい)やした練習は、その一部が本番では活かされず、無駄に終わってしまう事になる ‥‥‥ が、まあそれは、演じる僕らが我慢すれば丸く収まる話だと言えなくもない。  しかし、劇のクオリティ面への影響は深刻だった。  劇全体を俯瞰(ふかん)した時に重要なのは実はキスそのものではなく、その後に続く、主人公とヒロインの短いが印象的な会話の方にある。  やり取りの一部には二人が初めての口づけについて語り合い心を通わせるというくだりがあって、そこで使われる表現は次幕で訪れる主人公の死にざまと、終幕でヒロインが劇を締めくくる最後のセリフに深い関連性を持つのだ。  キスシーンが無くなるという変更は、本来密接なつながりを持つそれらのエピソードからドラマ性を大きく喪失(そうしつ)させてしまう。  作品の主題が弱まりかねない、困った問題だった。    ◇ 「 ‥‥‥ !」   ──── そこまで考えて、ようやく僕は気付いた。 そうか、だから先輩はあんなに腹を立てているんだ。 単なるエゴではない ──── あれはこの劇の台本が持つ表現意図とその構造を深く理解できているからこその、演技者としての天性の勘から発した心からの訴えに違いない。 「 もういい気にしない!! キスする! たとえ廃部になってもキスするから! 私、あのシーン好きなの! あのシーンやるの、夢だったんだからー! どうせ半年後には卒業だし、怒られて後がどうなろうと知ったこっちゃないわ! 」 「 ‥‥‥‥ 」      ──── 単 な る エ ゴ だ っ た ──── 。  
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