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【 4 】
やばい ‥‥‥ どうやったらこの暗黒面堕ち確信犯宣言にストップかけられるんだ。 完全に開き直ってる分、たちが悪いし ‥‥‥ 。
◇
「 妥協するしかないですね 」
誰も言い出せなかった結論を、副部長がはっきりと口にした。
おそらくキス禁止令を言い渡された職員室からこの講堂までを戻って来るあいだ中、ずっと考え抜いた上で出した一言なのだろう。
「 !! 」
敗北宣言とも取れるその声に反応して物凄いスピードで振り返った先輩のウィッグが激しく乱れて顔のほとんどを覆い隠し、金髪の隙間から片目だけがギロリと覗く格好になる。 普通にしていれば表情豊かでぱっちりとした大きな瞳は彼女が持つ魅力のひとつだが、こんな状況では殺気の発信源でしかない。
微かに 「 うぬぅ ‥‥‥ 」 と不満そうなうめき声までが絞り出されてきて、どう見ても絶対反対だと判る姿になっている。
鬼 、キスの鬼だ。 怖い。
だが、副部長は眼鏡レンズ反射バリアを駆使して表情を消し、ひるむことなく冷静に続けた。 ‥‥‥ よく見ると少し震えてるし、正確には先輩にではなく先輩の足首に話しかけてるけど。
「 こっ、ここは『 総暗転 』を使う、という事でどうですか。
主人公とヒロインは、向き合って互いの顔を近付ける。 台本通りに、です。
そこまで進めたら、全部の照明をすーっと落とすんですよ。 非常口の誘導灯や機器類のインジケーターも、黒幕でその間だけ隠してしまいましょう。 そして真っ暗な中で一拍置いてから、また明るさを戻してキス後の会話シークエンスに入るんです ─── 二人はキスを見せない。 その代わり、観客にキスを、“ 想像 ” 、させる。 そういう流れにしましょう 」
「 う、うぅ ‥‥‥ 」
身構えている先輩が緊張を解いていく。 様子から察するに、どうやらこれは副部長に渋々ながらも同意を示す肯定的うめき声らしい。
◇
総暗転。
舞台だけでなく、観客席を含む劇会場全体を暗くする演出法だ。
舞台はほとんどの場合その直前まで皓々と照らされているから、明暗の差が生む効果は日常の生活で室内を消灯したりする時などよりも大きい。
平たく言えば、観客は突然光を奪われてしばらく何も見えなくなる。
確かにその案は、次善の選択肢としては悪くなかった。 何より、この方法だと台本の手直しを人物の動きと照明の演出変更だけに留めることができる。 現実問題として、今からきっちり整合性を保ったキス無しバージョンの膨大なセリフを書き起こすのは無理というものだ。
周りの部員にも台本をめくって小さなうなずきを示す数人の顔が見られるのは、これなら演出改変の影響は小さいぞ ‥‥‥ という事を確認しているからなのだろう。
劇での役割りや受け持ちが同じ後輩に、小声でこのアイデアの利点を説明している上級生もいる。 雰囲気としては高評価な感じだ。
そんな中で一応落ち着きを取り戻した先輩は頭をぐりぐりして雑に髪の流れを直すと、それでもどこか不満そうな腕組みポーズで、唯一の味方を探し求めるみたいにじっと僕の方を見た。
「 君はそれでいいのかな 」
あ。 こっちに振られた。
えっはい、えーと、上演をまず第一に考えるなら ‥‥‥ と慎重に言葉を選び選び、僕は副部長の解決策に賛成する。
これについては、実は僕の方にも別の事情があった。
◇
僕がわの事情とは、こんな感じ。
文化祭が近付くにつれて校内に演劇部の演目と配役が知れわたってしまい、どうやら劇の中で先輩とキスできる許せない奴がいるらしいという話題で、クラスメートや一部の男子上級生は事あるごとに妬み半分で僕をからかい始めていたのだ。
そんな興味本位の話題に対して、副部長が先生に説明して回ったのと同じように、リアルのキスなんてしませんよするわけないだろしないよしねえってしつけえんだよテメエ、と何回否定したか数えきれない。
無駄に背が高いのが幸いしたのか、あからさまな嫌味やイジメ的な行為は無かったのだが、平凡な高一男子としてそういう自分の立ち位置がちょっとだけ重荷になっていた僕からすると、この新しい演出で注目シーンのハードルが低くなるのは正直ほっとできるところもあった。
変更は学校側が決めた事だし、劇を丸ごと上演中止にしろというほどの乱暴な指示でもないし、ついでにそんな消極的な理由も手伝って、‥‥‥そのシーン、副部長の言うように暗転への演出差し替えがいいと思います ──── と僕は続けていた。
「 ‥‥‥ 」
話の文脈から早々に結論を悟った先輩は僕からぷいっと顔ごと視線をそらすと、言い終わりを最後まで待つことなく 「 まあ君がそれでいいって言うなら私もそれでいいし別にいいんだけど 」 みたいな事をぶつぶつぼやきながら、折りたたみ式の半身鏡にかがみ込んで前髪を整え始める。
多少 ───── いや、あからさまにブスっとした顔つきではあるけれど、形としては折れてくれたみたいだ。
心の中で説得成功のガッツポーズを取っていそうな副部長が、天井の演壇用アーク灯を仰いで小さく息をついた。
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