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【 7 】
と、そんな事を思い出しながら校門をくぐった僕の横を歩いて行く先輩は、何を話しかけても反応が薄くてどこかうわの空だ。
総暗転、上手く行くんでしょうかと聞いてみるが、
「 うん 」
総暗転 ‥‥‥ 心配なさそうですねと半煽りしてみても
「 ん 」
しか返って来ない。ユーアーシンプル。
さっきの 「 気分によらず、練習はする 」 発言とは裏腹に、だんだん口数が減っていってる。 部活中の緊張が解れるにつれて部長の立場を離れ、本音の部分が出て来ているのかもしれない。
夏休みの夕暮れから始まって以来、部活後に欠かす事なく続けて来て半ば習慣になっていた帰り道と今日の雰囲気は、やっぱりどこか違う。
◇
あの急遽決まった新演出に不満があるのか、僕は思いきってその点を質問してみた。 また怒り出すかもしれないという予想もしていたけど、案に相違して、副部長は正しいよ ─── と先輩は淀みなく言い切った。
「 あれで行くしかない。 そこは納得できてるつもり 」
暦はもう十一月に入っていて、夕暮れというよりむしろ夜に近い暗さの中では表情の細かいところまでは分かりにくいが、声の調子に少し明るさがあるのは救いだった。
「 不満なんてないよ 」
スッと背筋を伸ばしてから「 本番の上演も近いのに、演出の変更なんかで不満持つなんて許されないし 」と付け足す言葉は力強かった。
考える時間を持てた事で、気持ちの切り替えができたのだろう。
多分、副部長は心配しすぎたのかもしれない。 うん先輩は大丈夫。
「 不満 ‥‥‥ うん、無いかな。 無いな 」
さすが三年生、こういう自制心は十分大人の女性って感じだ。
「 不満があるとすれば ──── 」
伸びた人差し指が、すうっと僕の鼻先に突き付けられた。
「 君 に 不 満 」
は っ う ?!!
「 思い出した! さっきの態度アレなに! 」
は!?
「 あの態度なんなの! 」
態度ってど、どの ‥‥‥ 。
「 わたし一人に反対させてた、自分は無関係みたいな顔してた! 演出を変えるなら変えるでね、変え方の流れってもんがあるのよ。 気持ちのいい譲り方って言うかお互い納得しての結論ていうか、そんな感じのきれいな落ち着き方みたいな、わかるでしょ ? 良く考えたら変更決定に抵抗してたの私だけだったよね。 ね 」
それはでも ‥‥「 ね 」 はいそうです。 ‥‥‥ でも僕が謝るとこなのここ ?
「 あっどんどん腹立ってきた! さっきは凄い孤独感あったよ! 役柄として主人公はこういう時ヒロインを救うべきなのに、何なの味方してもくれずに黙あ ー って見てるばっかって! 主役なのに頼りなくない ?! 頼りないよ! 不誠実でしょ不誠実だよ!! 他のみんなはともかく、君と私は当事者なんだからね、キスの ‥‥‥ !! 」
しまった怒り出した。
「 ‥‥‥‥ キスシーンの 」
収まった。
先輩は最後の所を言い直してから急に黙ると十秒近く考えて、次はとても小さな声で 「 駅でアイス食べたい 」 と、ヒロイン見捨て罪の僕を許す条件を提示してくれた。
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