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一章 それは、弾む音と一緒に③
朝7:00に学校に集合してから、約3時間ほどバスに揺られて着いた先は静岡県。
大きな湖を通りすぎ、すぐ近くで止まったので、その気になれば湖まで歩いて行けるだろう。
きっと、そんな余裕はないだろうが。
旅館の裏手には、鬱蒼と生い茂る森(山?)があり、少し田舎の故郷を思い出す。
旅館のすぐ隣には体育館がついているようで、そのまた隣には外用のコートがあるようでゴールが2本、自己主張するかのように、にょきっと生えていた。
バスケのために作られた施設のように感じられ、私は少し引いた。
長旅で、固まった体を伸ばす。
周囲から思い思い不平不満をこぼすのが聞こえた。
この旅館に一週間、泊まり込みで、朝から夜までバスケ漬けになる。
私は、すでに憂鬱な気持ちを抑えきれずにいた。
全員で、出迎えてくれた旅館の人たちにむけ挨拶をしたのち、それぞれの部屋に荷物をおき、練習着に着替えてくることになった。
ああ、と心のなかでため息をつく。
これから一週間も、このメンバーとずっと顔を付き合わせることになるのか。
部屋につく。
和室で、5人で泊まることになっている。
ここで軽く紹介をする。
まず私、柊木静乃(ひいらぎ しずの)
東京にある私立星蘭中学校の一年生だ。
小学校までは、田舎のほうにいたので、
1クラスしかなくて、皆友達っていう感覚があった。
しかし父親の転勤にあわせ、中学校から東京で過ごすことになった。
私は、初めての都会に、新しい日々の始まりに胸を焦がしていた。
しかし、中学校では、気負いすぎて、上手く表現ができず、また人と情報の多さに振り回され、話もついていけず、あまり友達もできずに夏を迎えてしまった。
何かしなきゃと追い立てられるような焦る気持ちで、バスケ部に入部した。
でも今では、後悔している。
続けて、同じ部屋の子を簡単に紹介する。
坂本日和(さかもとひより)
同じクラスの子で、背が高くて冷静でカッコいい子。昔からバスケをやっているようで、私に唯一優しくしてくれる。ちなみにバスでは隣だったが、ずっと酔っていたようで、終始無言だった。
村井智子(むらいさとこ)
他のクラスで、小さいのに凄い上手い。私と同じように中学校から始めたらしいのに、どんどん上手くなっている。
高田史代(たかだふみよ)
他のクラスで、結構やんちゃ。背は私より大きくて、よくからかってきて、ちょっかいを出してくる嫌な子。
安藤涼(あんどうすず)
他のクラスで、かなり背の高い子。
寡黙でよくわからない子だった。
部活には、総勢20人いて、同級生は10人、先輩は学年毎だいたい5人ずついる。
心の底で深いため息をついて、私は部屋を見渡す。
「私は端っこなー」
そういって高田は、バッグを部屋の奥に投げ飛ばす。
「オーケー!じゃあ私はそのとなりー」
続けて村井が、バッグを放り投げる。
「さっさと着替えましょ」
どこでもいいといわんばかりに日和ちゃんは、適当にバッグをおき、着替え始める。
「なんだよーつれないなあ日和は。大事だろー部屋のポジションってやつはよー、そうだよなあ静乃」
と急に話を振られて、動揺する。
「あ、あはは、そうだね。でも早くしないと怒られちゃうよ」
そういうと高田は、大きく笑っていった。
「そうだよなあ!練習前からも怒られたら、たまったもんじゃないよなあ、静乃」
村井も、釣られて笑い出す。
私は、えへへ、と笑うしかできなかった。
全員着替えて、体育館に急ぐ。
体育館は、旅館のすぐ横にある。
2面コートと、外に1面分。
私たちが体育館につくと、先輩たちはすでに到着しており、少し不満げに準備体操をしていた。腕を組んだ監督が、苛立たしげに声をあげた。
「ほらほら遅いよ一年!来た奴からモップかけて!」
監督は、この学校の卒業生らしく、部室には監督の現役時代の写真が飾ってある。昔、なんかの大会で優勝したらしく、黄金世代とも言われていたようで、親や地元の人からの信頼は篤い。
私からすれば、たまたま角がはえてこなかった鬼のおばさんにすぎず、写真に映る可愛い笑顔の少女と、とてもじゃないが一致しない。
私たちは、慌ててモップを手に取り、走って床をかけ始める。シューズが、キュッキュッと鳴り、磨けているのだと実感する瞬間は、少し楽しい。
ただ、心の奥底では、わかっている。
チームの役に立っているからそう思えるんだ、こんな雑用だけならば役にたてるのだ、と自虐的に。
一往復終える頃、そろそろあれが始まるな、と思っていた。
やはり。
「ほらほらこけんなよー」
と、高田はモップをかけながら、私のすぐ後ろをついてくる。
「ほらほらー。遅いぞー」
村井は、ちょっと先から煽りをしてくる。
監督も顧問も先輩もこちらを見ていない。見ていないというよりは、興味がない。自分たちのことで、精一杯なんだろう。
試合に、練習に、学校に、保護者に。
私のことなんて、気にしてくれる人は誰もいない。
もし転けてしまえば、高田のモップにぶつかることになるだろう。
それは、想像するだけでとても不快で、嫌な気持ちになった。
それでも私は、えへへ、としか笑うことができなかった。これは、いつものことなんだ。
それを2階から見つめる一つの視線。はじめは驚きから目を開き、しげしげみていたのだが、だんだんと表情が険しくなる。
小柄な体には似合わない不遜な態度で、腕を組み、足を組み、軽く舌打ちをし、不快げに眉をひそめる。
隣には、バスケットボールが一個コロコロと転がっていた。
実は、すぐ近くで、見つめる視線も一つあった。唇を噛みながら、モップを握る手に力を込めながら。それでも我慢をしていた。過去の経験からか、それとも何かへの期待からか、動けずに見るばかりであった。
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