【第1章】 (一)

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【第1章】 (一)

     【第一章】      (一)  ため息はとめどなく出てくる。が……。  籐に似せたビニール製の紐で編み込んだ椅子、その背もたれに上半身を預けてみる。  下方で流れる車や、ビル群の間を縫う電車の音は、まったくといっていいほど届いてはこず、かわりに時折、小鳥のさえずりが心をなごます。  一帯が木々の緑で包まれているこの空間―――その中の、こんもり盛りあがった芝生敷きの広場では、小さな子供が奇声をあげながら駆けまわり、その向うでは、母親らしき女性たちがベンチでおしゃべりに花を咲かせている。  ボードウォークに目を転じると、草花に携帯を向けるカップルや、買い物袋片手の老婦人グループの笑いさざめき……。  四子玉川低島屋(しこたまがわひくしまや)ショッピングセンターの本館屋上にある庭園は、「穏やか」という言葉がいつも通りあてはまっている。  近頃再開発が盛んに行われ、お洒落エリアとして名を轟かせるようになった四子玉川の街。そこにずっと昔から存在する、このショッピングセンター、というかデパートは、近年、本館の並びにそれ以上の階数を誇る新館をつくり、その七階部分と本館の屋上部分をつなげて庭園を広げた。  上体を戻し、中心にパラソルの柄がささっているまるテーブルに向かう。全体的にまんべんなく塗装がはげた面の上には小型ノートPC。  本日何十回目かのため息をついたところで、ワープロソフトの「文書1」という画面は真っ白のまま。 「来週の明日……」  つぶやきがため息に混じった。  年四回の作品提出。それが文芸部のメイン活動。しかも小説オンリー。  一作品、二ないし三か月の制作期間があるとはいえ、その内には当然、授業も試験も、その他諸々の行事も存在している。そんな限られた時間内での完成は、短編長編の指定はないとはいえ、非常にきつい。  交流のある他校の文芸部では、制作発表も、小説、俳句、詩、短歌など多岐に渡っており、年二回程度などと聞くことが多い。  しかしなぜうちは?  それは、『なにごとも上達するには回数を重ねること!』という、あまりにも単純な考えからのようだ。  四子玉大学附属四子玉高等学園の創設時からある文芸部は、五〇年あまりの歴史の中で、数名の職業作家を排出している。だから『我がクラブは小説家を育てるにおいての名門である!』という、  ほんとかしら? 
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