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しゃくったあごは、垣根の向うを指した。拍子に、艶やかな首すじに巻かれた真っ赤なスカーフが、フワッと揺れた。
「お稲荷……さん?」
「あんたね~、願い事すんのは構わないけど、その対価が毎回五円てど~ゆ~ことよ?」
「たいか……?」
「お賽銭が五円なんて少なすぎるっていってんの! この物価高のご時世なんだから、せめてその百倍置いてくのが人の道でしょ!」
「えっ、どうしてそんなこと知ってるんです!?」
「だから見てたからっていったでしょ!」
「どこで!?」
「だからそこでっていったでしょ!」
力強く、またしゃくった。
「あんた一回聞いただけじゃ理解できないバカ?」
そんな……。
今までお稲荷さんをお参りするときに、誰かと逢ったりすれ違ったりしたことなんてない。
それに……見てただ!?
「あんな狭いところで、気づかれずに他人を見ていることなんてできませんよ」
思わず声に笑いが混じった。
「できるわよ! それにあんた気づいてたじゃないのよ、あたしに! いっつも不思議そうな顔でじろじろ見やがって!」
「そんな失礼なことした覚えはありません! 境内であなたなんて見ていませんし、逢ったのは今日がはじめてです!」
すると、突然立ちあがった彼女は、テーブルをまわり込んでぼくのかたわらに立った。真っ白なハイヒールをはいた見事なプロポーションに、改めて目を奪われた。
そして、
えっ!?
彼女は無言でぼくの右腕をつかむと、強引に立ちあがらせ、引っ張った。
抗おうにも無駄な、想像を絶する彼女の力。
こんな細い躰の、どこにこんなパワーが!?
「ほれ」
鳥居を抜け立ちどまった彼女は、正面に向かってあごをしゃくった。
そこには普段とまったく変わらない、コンパクトな境内の景色。やはりどこにも人が隠れられそうなスペースはない。
「あの、腕痛いんで、放してもらえますか?」
「わかった?」
いらついた声が要求を蹴った。
これ以上力を入れられるとうっ血する恐れがあったので、
「なにがでしょう?」
気分を損ねないよう下手に出た。
「気づかないの?」
あきれ顔を見せた彼女は、
「あれ」
つかんでいないほうの手で前方を指した。
その白く細長い人差指の先には、小さなお社の前に、そっぽを向いて座っている一匹のキツネが―――、
「いない!」
「やっと気づいたか」
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