(三)

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 しゃくったあごは、垣根の向うを指した。拍子に、艶やかな首すじに巻かれた真っ赤なスカーフが、フワッと揺れた。 「お稲荷……さん?」 「あんたね~、願い事すんのは構わないけど、その対価が毎回五円てど~ゆ~ことよ?」 「たいか……?」 「お賽銭が五円なんて少なすぎるっていってんの! この物価高のご時世なんだから、せめてその百倍置いてくのが人の道でしょ!」 「えっ、どうしてそんなこと知ってるんです!?」 「だから見てたからっていったでしょ!」 「どこで!?」 「だからそこでっていったでしょ!」  力強く、またしゃくった。 「あんた一回聞いただけじゃ理解できないバカ?」  そんな……。  今までお稲荷さんをお参りするときに、誰かと逢ったりすれ違ったりしたことなんてない。  それに……見てただ!? 「あんな狭いところで、気づかれずに他人(ひと)を見ていることなんてできませんよ」  思わず声に笑いが混じった。 「できるわよ! それにあんた気づいてたじゃないのよ、あたしに! いっつも不思議そうな顔でじろじろ見やがって!」 「そんな失礼なことした覚えはありません! 境内であなたなんて見ていませんし、逢ったのは今日がはじめてです!」  すると、突然立ちあがった彼女は、テーブルをまわり込んでぼくのかたわらに立った。真っ白なハイヒールをはいた見事なプロポーションに、改めて目を奪われた。  そして、  えっ!?  彼女は無言でぼくの右腕をつかむと、強引に立ちあがらせ、引っ張った。  抗おうにも無駄な、想像を絶する彼女の力。  こんな細い躰の、どこにこんなパワーが!?  「ほれ」  鳥居を抜け立ちどまった彼女は、正面に向かってあごをしゃくった。  そこには普段とまったく変わらない、コンパクトな境内の景色。やはりどこにも人が隠れられそうなスペースはない。 「あの、腕痛いんで、放してもらえますか?」 「わかった?」  いらついた声が要求を蹴った。  これ以上力を入れられるとうっ血する恐れがあったので、 「なにがでしょう?」  気分を損ねないよう下手に出た。 「気づかないの?」  あきれ顔を見せた彼女は、 「あれ」  つかんでいないほうの手で前方を指した。  その白く細長い人差指の先には、小さなお社の前に、そっぽを向いて座っている一匹のキツネが―――、 「いない!」 「やっと気づいたか」
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