22人が本棚に入れています
本棚に追加
ようやく腕は解放された。
「あんたがいっつもじろじろ見つめてるものがないでしょ。なぜだかわかる? それはここにいるから」
「へ……」
「同一人物は二か所に存在はしない」
偉そうに腕を組んでいった彼女の胸は、一層盛りあがった。
「同一人物って……あそこにあったの、キツネですよ」
「キツネっていうんじゃないわよ! 白狐っていいなさい!」
「……ビャッコ?」
「知らないの? 白い狐と書いて白狐。狐って文字は入ってるけど、コンコンいって雪の上跳ねまわってるやつらとはまったくの別物。なんてったって、こっちは神使なんだから」
「……シンシ?」
「神使、知らないの? 神さまの使いでしょ」
バカにしたようにいうと、
「神使はね、だいたいがその神さまに関係する動物の姿になってんのよ。だから稲荷神の神使は狐なの」
「はあ……」
「性懲りもなく何度もくるから、仕方なく出てきてやったのよ。必死そうで、なおかつ、ちゃんとお供えやお賽銭持ってきた祈願者の願い事は、できる限り叶えてやろう、って規定になってるから」
うっとうしそうな表情のまま、彼女は続けた。
「本来、そんなことは神さまの仕事なんだけど、全国の祈願にいちいち対処してる暇なんて神さまにはないから、あたしたちに業務代行権が与えられてるの。だから立場は神さま同等なのよ」
「はあ……」
「納得したんなら、さっさと願い事いいなさい」
「納得?」
「したんでしょ? あたしが神使だってわかったでしょ?」
「はあ……いや、ちょっと待ってください」
納得なんてするわけがない。そんなバカな話が科学万能のこの現代にあるはずがない。
キツネの石像だって、なにかの用事で一旦取り外しただけなのだろう。そんなに大きくはないものだ。簡単に移動できる。それに―――。
「まだなんかあんの?」
切れ長の目が細められた。
「あの……なくなったキツネが―――」
「白狐っていえ!」
「あの、白狐が、あなた……ということなんですよね?」
「そう説明したでしょ! とろい男ね~」
「白狐は、キツネの姿してるんですよね?」
「だからそういった!」
「じゃあなぜ、人間でいるんでしょう、おたく」
「……」
さあ、なんていい返すんだ?
「これだから疲れるわ、バカ相手にすると」
彼女は上空を仰ぎながら独りごつと、
最初のコメントを投稿しよう!