【第1章】 (一)

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伏目稲荷大神(ふしめいなりおおみかみ)』  鳥居の上部にかかる額縁のようなものには、そう刻み込まれている。いわゆるお稲荷さんだ。  ここはデパートやビルの屋上によく安置されている分祀社で、商売繁盛や産業興隆を願うためにあるらしい。  お稲荷さんに対してはさらに、家内安全、交通安全、芸能上達、さかのぼって平安時代には、良縁祈願、病気平癒祈願も行われたと―――これらはすべて、小説の構想が浮かばないとき、気分転換としてネットで調べてみた事柄。  その芸能上達というカテゴリーに目をつけ、この庭園にきた折には必ず立ち寄る。  大人ふたりがやっとすれ違える幅の朱門をくぐると、あっという間に小さなお社の前に立つ。  そしていつも不思議に思う。  お社の前に鎮座しているおキツネさん、なんで左側の一匹しかいないんだろ……。  ちゃんと二匹そろってお互い内側を向いているか、躰だけは内向きで、顔はキリリと正面を見据えている、というのが一般的な形だと思うのだが……。  台座だけはあるのに、どうして?  しかもその一匹は、躰こそ内向きだが、顔は正面を見るどころか、赤い前かけをかけた首を一八〇度近くねじって、そっぽを向いている。  これはなんのポーズなのかしらん?  そんな疑問を毎度繰り返しながら、賽銭箱に小銭を放る。  二礼、二拍手、そのまま黙想。 《どうか、誰もが目ん玉飛びだして、あごがはずれて、泡を吹くほど面白い小説が書けますように。そしていずれ流行作家になって、ポルシェが買えますように!》  いたって慎み深いお願いを心中で唱えたあと、もう一度一礼。  すると、なんだか躰の重みが和らいだような気がして……。  あとは家に帰ってシャワーを浴び、なんとか構想を練りあげたあと、すぐに執筆を開始するだけだ。  と思った途端、また全身が重くなった。
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