(二)

1/8
前へ
/129ページ
次へ

(二)

     (二) 「では時間になりましたので、始めたいと思います」  張りのある声に、ざわめきが収まる。  いくら伝統があるとはいえ、週一回のみの会合しかない文芸部には、専用の部室は与えられていない。そのかわり、一般生徒の利用が不可となる土曜日放課後の図書室が、活動場所として認められていた。  部員たちの視線が自分に集まったことを確認すると、千祭(ちまつり)は隣に一瞥を送り、腰をおろした。 「あ……はい」  閲覧テーブルに手をつきながら、弱々しく立ちあがった浦和は、同じ三年の千祭より頭一つぶん小さい。  「あ……みなさん……お疲れさまです」  と、声の張りも小さい。 「聞こえません!」  すかさず飛んだ隣からの叱咤に、そこここから失笑が洩れた。  浦和たちが着いている閲覧テーブルに向かって、一五人ほどの部員たちはランダムに椅子を置いて座っている。 「あ、す、すいません……。あ、あの、さっそく始めたいと思います」 「それ、私がいいました!」  続けざまの叱責に、場の失笑は遠慮をなくした。  パンパンと手を叩きながら、やはりテーブルの一角に着いていた顧問の瀬和(せわ)先生が立ちあがった。  大卒後、本校に奉職して四年目という彼女は、まだ二〇代の半ばだけあって、身にまとわせている紺のパンツスーツが崩れていない体形に似合っている。 「そうよ浦和くん。他人(ひと)の話はちゃんと聞いておきなさい。そして話すときは、しっかりと声を出して。いつもいってるでしょ。みんなに物事を発表するんだから、聞いてもらおうっていう気持ちを持ってなきゃだめよ。部長になって、もう二か月以上経ってるんだから。ね」  まるで小学一年生にいうようなことを、大まじめな口調で諭された浦和は、顔を赤らめこくんと頷いた。 「じゃあ、続けて」  そういって長い髪をかきあげた先生の微笑には、高校時代、二桁を数えるラブレターや告白を受けたという噂を、充分信じさせる魅力があった。そしてその華のような三年間をすごしたのが本校であり、この文芸部こそ、彼女が青春を謳歌したクラブでもある。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加