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といいたいところだが、
「いや……結構、むずかしいかも……。これ逃すと、三回目になっちゃうし……」
「そうですか……。そうですよね……」
「だから今回は……ゴメン、ね」
「いえ、いいんです!」
ふりあげた彼女の顔には、無理してつくろった微笑み。
ああ~、ぼくはなんというもったいないことを~!
でも、提出日まで一分一秒無駄にできないのは本当だ。
「あの……益代ちゃんは、どうなの? 進捗状況」
このまま話を終わらせてしまっては悪い気がして、尋ねた。
「一応書きあげたんですけど、まだあんまり読み返してないので、この一週間は推敲時間にあてようと思ってます」
「あ……そう」
彼女が余裕を持っていることなどわかっていた。余裕がなければ誘ってなどこないだろうし、「あせって書いてます!」というような台詞も、その小さく可愛らしい口から聞いたことはない。したがってこちらとは違い、提出をパスしたことはない。しかも彼女の作品は毎回、『四子玉草子』のトップ付近に載る。
「じゃあ、失礼します」
彼女はふり向き、ゆっくりドアに向かった。
その小さな背中を見ながら、
後ろからあれを抱き締めたら、どんな感じがするんだろ~……。
なんて不埒なことを想像してしまったその刹那、急にその背中が半回転したので、
「わっ、ごめんなさい! 冗談です!」
と、思わず口走りそうになった。
「あの~……」
小走りで戻ってきた彼女は、小顔をうつむかせたままいった。
「な……なんでしょう?」
「あの~……もしで結構なんですけど、もし、金曜日までに作品があがるようで、ご都合がつくようになりましたら……メールもらえますか? わたし、その日までイベントいかずに待ってますから」
「……はい」
というつもりの口が、うまく動かず、
「……へい」
それから二度目の「失礼します」を告げ、今度は最後まで顔をあげず踵を返した彼女の後ろ姿を、喜びと焦燥が入りまじった頭で見送っていると、
「しかしふしぎだ~」
いきなり耳元で、亡霊のような低音。
「なにがだよ?」
亡霊から離れて、嫌悪感まるだしの顔を向けてやった。
「彼女がおまえみたいな男に好意を寄せるなんてことが、ふしぎだ~」
亡霊の視線の先には、ドアの前で一年生たちに囲まれている益代がいる。
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