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放課後の体育館に裏に和美は呼び出しされた。
下駄箱にラブレターのようなものが入っていたのだ。友達に相談してみようかと思ったが、手紙を出した相手を晒し者にするような事はなぜか可哀想な気がしたのだった。
彼女が体育館の裏に行くと、少しだけ見覚えのある男子生徒の姿があった。彼は落ち着かない様子で頭を掻いたりしゃがんだりと動作を繰り返していた。
空は厚い雲に覆われているようだ。
「あの……、あの手紙はあなたが……」彼の緊張が伝播したのか、和美の声も少しだけうわずってしまった。
「あっ、来てくれたんだ……、ありがとう……あの、その、和美さん・・・・・・・あ、あの・・・・・・俺と付き合ってください・・・・・・」彼女の顔を確認すると、唐突に昭は右手を差し出した。OKの場合は握手でもしてもらうつもりなのであろうか。その行動に和美は少し戸惑っていりようであった。
昭は数日前から今日のこの日の為に色々な言葉を考えていた。君の事を考えると眠れない。君だけを見ていた。君の事ばかり考えていた。色々な言葉を考えてはいたが結局口に出たのは初めに和美に投げかけた言葉であった。
「ごめんなさい。私・・・・・・、あなたの事・・・・・・よく知らないし・・・・・・」彼女と昭が同じクラスになったのは一週間ほど前の事であった。二年生へのクラス替え、正直一年生の頃にが和美の事を彼は全く知らなかったのだが、同じクラスになって彼女の顔を始めて見た瞬間に彼は故意に落ちてしまった。所謂、一目ぼれというアレであった。
昭は今まで女子と付き合ったことなど無かった。比較的硬派に生きてきた彼は告白も今でしたことも無かった。ゆえに女の子に振られる経験も今回が初めてであった。まあ、普通に考えてこんな突然に交際を申し込まれて承諾する女性は皆無であろう。
「そ、そうか・・・・・・やっぱり……だめですか・・・・・・・」昭は少し泣きそうになった。それに反応でもするように空から雨が降ってきた。
「あ、あの・・・・・・」和美はなぜか自分が悪いことをしたような気になってしまった。念の為言うが、決して彼女は悪くない。
彼女が何かを言おうをした瞬間、大雨が降りだした。
「な、なんだ急に!」体育館の庇の下に二人は逃げ込んだ。「ご、ごめん、俺が呼び出したばっかりに・・・・・・・」昭は申し訳なさそうに謝った。
「いいえ、雨は仕方ないわ。あなたのせいではないわ」和美は肩を濡らす雨露を手で払った。雨に濡れた制服が少し透けてピンク色の下着の紐が見えた。昭は目のやり場に困ったように少し顔を赤くして宙を見ながら鼻の頭を人差し指で掻いた。
少しの間、沈黙が続く。さらに雨は激しさを増していく。
「これは、しばらく帰れそうにないわね・・・・・・」少し憂鬱そうに和美が空を見上げる。
「この後、なにか用事があったんじゃ・・・・・・」
「そうね・・・・・・、特に重要な用事が無いのだけれど・・・・・・・、ちょっとやりたい事があって・・・・・・・くしゅん!」彼女は少し震えながらくしゃみをした。
「具合でも・・・・・・、悪いの?」昭は申し訳なさそうに聞いた。
「ううん・・・・・・・、でも、少し寒気がするかな・・・・・・」彼女はニコリとほほ笑んだ。心配させないようにしているのだろうか。その対応を見て昭はまたぐっと来た。
「もし良かったら・・・・・・」そう言いながら昭は自分の上着を彼女の肩にかけた。付き合ってもいない男の上着を着せられるのなど気持ち悪いかと思ったが、意外と彼女がすんなりと受け入れた。
「ありがとう・・・・・・・」彼女は昭の上着に袖を通す。「似合うかな・・・・・・・?」学生服の中から髪を掻きだすように持ち上げた。
「うん・・・・・・、可愛い・・・・・・」昭は本音を口にしてから、慌てて口をふさいだ。
「えっ・・・・・・、も、もう・・・・・・・、恥ずかしい・・・・・・」和美は顔を真っ赤にする。その彼女が照れる仕草を見て、昭はこの雨が止まなければいいのにと真剣に思った。
「と、ところで・・・・・・、やりたい事ってなに?」昭は思い切って話しかける。
「あ、ああ・・・・・・・・、私・・・・・・・、ゲームが趣味なの・・・・・・・」恥ずかしそうに彼女は下を向く。
「えっ!?」昭は顔いっぱいに驚きを現した。
「やっぱり・・・・・・、気持ち悪い・・・・・・かな?」彼女は表情を隠すように後ろを向く。
「い、いや・・・・・・、そうじゃなくて・・・・・・・、俺もゲームが・・・・・・趣味なんだ」昭も子供の頃からゲームが好きで今でも家に帰って時間があればパソコンに噛り付いている。友達にその事を話すと気持ち悪がられるので内緒にしている。
「えっ!そうなの!どんなゲームするの?」和美は急に彼に興味を示したように前のめりになった。その勢いに昭は少したじろぐ。
「ええと・・・・・・、ちょっとマニアックなんだけど・・・・・・・、『ロマンティック・ファンタジー』ってゲームなんだけど・・・・・・・」彼の言う通りかなりマニアックなゲームなので、そのタイトルを言っても会話できる友人はいない。
「ええええ!私もずっと『ロマファン』にハマってるよ!」急に彼女のテンションが上がる。まさに水を得た魚とはこういうことを言うのであろう。
「うそ!?じゃあ、パーティーとかも組んでるの?」昭も興奮している。相変わらず雨は降り続いているが、もう彼らにとってはどうでも良い事のようになっていた。
「ええ!私、パーティーでは魔法使いをやってるの。パーティーに名前は『シャドーウィン』っていうのよ!これでも結構有名なのよ」和美は少し自慢げに胸を張った。『ロマンティック・ファンタジー』の中でプレイするものにその名を知らないものはいないであろう。
「えっ!?『シャドーウィン』・・・・・・だって・・・・・・」その名前を聞いて彼は目を見開いた。
「やっぱり知ってる?すごいでしょ!私が教えたんだから、あなたも教えてよ。あなたの職業とパーティーは?」和美が興味深そうな目で昭の顔を見た。
「えーと・・・・・・・、俺の職業・・・・・・・、俺のパーティーは・・・・・・・」昭はゴクリと唾を飲んだ。
「うん、うん」彼女がさらに体を前のめりにする。
「俺は・・・・・・・剣士・・・・・・・。パーティーの名前は・・・・・・・『シャドーウィン』・・・・・・だ」
「へ・・・・・・・」二人の間に沈黙の時間が流れる。
「君が・・・・・・・『セルフィー』」
「あなたが・・・・・『ロディ』・・・・・・」それは二人のキャラクターネームであった。実は、『ロディ』と『セルフィー』はゲームの中で意気投合し、長い信頼関係を築いたうえ、婚姻を交わした中であったのだ。ただ、それはゲームの中での話。まさかこんなに近くに住んでいて、リアルでも告白をしてしまうなんて、昭には自分がすごく滑稽に思えた。
そうこうしているうちに雨が止んで先ほどの豪雨が嘘のように青空が見えてきた。
「晴れて来たね・・・・・・」和美は空を見上げて、吹いてきた風に棚引く髪を右手で押さえた。
「あ、あの俺・・・・・・」これで、『シャドーウィン』の中での彼女との関係も終わりかと昭は考えていた。ゲームの中の『ロディ』が自分のような奴だと解って彼女が幻滅したであろう。ちょっと下を向いたまま彼女の様子を確認するように見た。
「『ロディ』・・・・・・、帰って一緒に冒険に行こうか」彼女は振り返って頭を傾げて微笑みを見せた。学生服を羽織った彼女の姿がゲーム『ロマンティック・ファンタジー』の中の魔法使い『セルフィー』の姿と重なった。
また、前にも増してゲームの時間が増えそうだと昭は考えていた。
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