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 そうだな、とサルヴァが返事をしてからそれほど経たずに、紙袋を片手に抱えて、カナンが帰ってきた。机の上に置いた紙袋から薄い白紙で包まれたパンが並べられる。ふわりと空気を伝ってきた香ばしく甘やかな匂いに空いた腹が大きく鳴いた。 「はあい、好きなものどうぞ~。私のおごりですよぉ」 「おおっ、カナンさん太っ腹!」 「さすがカナンさん。有りがたくいただきまっす」  各々が好きなものを手に取り、昼休憩に入る。 サルヴァは、イモとタマネギに酸味のあるソースをかけて焼いた惣菜パンやヤギのミルクが練り込まれたふわふわのパン、固めの細長いパンにサラダを挟んだものを選び取り、味わって食べる。「うまいなー」と言うセンダに同意しつつ目を向ければ、ライ麦パンのサンドイッチに手を伸ばしているところだった。  ふと、サルヴァは今朝の静かな時間を思い出す。 (あれは美味かったな)  出会ったばかりの少女が作ってきてくれたライ麦パンのサンドイッチ。景色と空気と純粋な味の良さのすべてが合わさって、とても美味しかった。  カナンが寄ってきた店は港近くにある美味しいと評判のパン屋で、そこのサンドイッチとあれば、単純に気になったが、味ごと上書きしてしまうようで勿体ない気がして、サルヴァは選ばなかった。 (ニーシャの以外食べれなくなるかもな)  浮かんだ考えに思わず吐息で笑いをこぼしたサルヴァは、それを誤魔化すようにマグカップに口を付けて紅茶を一口飲んだ。 「そうそう、デザートも買ってきたよ~」  カナンがもう一つ小さな紙袋から中身を取り出した。口の開いた包装から見える、葡萄のような大きさの黄色い果実。それがふんだんに乗ったタルトが、彼女の机上に並べられる。 「リトフィリアの果物なんだって。イパロナ、だったかなあ」 「へえ。リトフィリアっていうと……東北の大陸の?」  脳内に地図を浮かべながら、サルヴァは並ぶタルトを二つ手に取り、うち一つをセンダに渡す。 「そー。豊作だったみたいで、いつもより安くなってたから思い切って仕入れたんだって~」  カナンの話に物珍しげに相づちを打っていたセンダが、唐突に「そうだ」と口を開いた。 「リトフィリアで思い出した。何ヶ月か前にさ、行商人のおっちゃんから聞いたんだけど。リトフィリアの隣にバルリアって国あるじゃん? なぁんかそこできな臭い動きしてる船があんだってよ」 「きな臭い?」 「そ。しかもその船ってのが、この辺りの商人なら、よっぽど情報に疎くなけりゃ知ってるとこでさ。なんでも、取引相手としてそこの名前が一つも出てこないのに、定期的にある街に停泊してるらしい。それが物資補給とか寄り道にしては滞在期間が長いし不自然だから、なんか後ろ暗いことやってんじゃねぇかって、コソコソ噂されてるんだってよ」 「なるほど~? たしかに、定期的となるとあやしい気もするねえ。しかも……」  腕を組んで言葉を切ったカナンの後を、サルヴァが繋ぐ。 「俺たちも当然知ってるところ、ってことか」  サルヴァとカナンの眼差しにうなずいたセンダの口元に、にやりと薄笑いが浮かんだ。 「俺らにとっちゃ同志かはたまた好敵手かってな」  その言葉の指す答えを察して、目を丸くした。 「まさか、パトグか?」 「そのまさかなんだな、これが! 俺も耳を疑ったけど、あのパトグ商会の船らしい。ま、噂だから正確性には欠けるけどな」  センダが両肩を竦めて軽い調子で言った。それに同意するカナンに続いて頷きを返しつつ、サルヴァは頭の中を整理するために目を下げた。  同意したように、もちろん複数人から集めたわけでもない噂話を鵜呑みにするつもりはない。しかし、何のきっかけもなく噂が上るとも思えない。火のないところに煙は立たないのだ。その火が黒か白かを予想するには不十分な情報ではあるが、商家の人間として頭の片隅に留めておくべきだろう。  サルヴァは下げていた目を黄色い果実の生菓子に移す。それを手づかみすると、口の中いっぱいに頬張った。
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