04

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 太陽の陽が真上に上る時間帯。サルヴァとニーシャは、石壁の瓦礫に座ってそれぞれで持参した昼食をとり終え、のんびりとそよ風にあたっていた。  あれから何度か、サルヴァは山の上でニーシャと会っては、他愛のない話をした。言葉少なに景色を楽しむだけの時や入れ違いで訪れて一言二言の挨拶で別れる時もあったが、それも含めて、互いがこの時間を楽しんでいた。  暖かさが混ざり眠気を誘う心地好さに頭を空っぽにし、白雲がたなびく空を眺めていると、不意に硬く軽い金属音がした。サルヴァは、耳で拾ったかすかな音の方へ顔を向ける。ふたりの間に視線を落とすと、大きさの異なる菱形が重なり合った、小ぶりな乳白色の飾りらしきものが落ちていた。  ニーシャの耳飾りだ。  そうサルヴァが認識したと同時に、ニーシャの細く白い指がそれを拾い上げた。彼女の右耳を見ると、留め具だけが残っている。 「壊れたのか?」 「ええ。外れてしまったわ」 「そっか……それ、綺麗だったのにな」  ニーシャのコバルトブルーの髪色に映えて、とても似合っていたのだ。見たところ飾りが取れただけのようだが、直せないだろうか。そう考えながら、ニーシャの手の中にある飾りを覗き込んで観察していると、ふっと彼女が笑った。 「ありがとう。そんなに深刻な顔しなくても、直せるから大丈夫よ。……付け方が甘かったみたい」 「えっ、ニーシャが作ったのか?」 「ええ。練習を兼ねた気分転換に」  そう言ったニーシャから差し出された飾りを、サルヴァはそっと受け取る。地面へ落とさないよう片手を受け皿にして目の高さにかざした。  感嘆の声が出る。装飾職人であることは知っているが、実際に製作したものは目にしたことがなかった。  飾り部分は鉱物でできているようだ。艶のある乳白色のそれは、中抜きの菱形の中に一回り小さなものがぶら下がっている。外枠の菱形の表面は、精緻な透かし彫りで彩られていた。  裏返したり角度を変えたりしてじっくりと堪能したサルヴァは、驚きと感心をそのままにニーシャを見た。 「これで修行中?」  ニーシャがうなずいた。 「父と母はもっと細かく綺麗な模様よ。かかる時間も全然違う」 「これも十分すごいのになあ」  手元の耳飾りに目を戻して思わずこぼれた声に、ニーシャが嬉しそうに笑って礼を口にした。その表情を、口元を緩ませながら見つめたサルヴァは、飾りを見ていた最中に思いついたことを伝えた。 「ニーシャが良ければだけど、他にも見てみたいな」 「私が作ったもの?」 「うん。売り物にしてないやつ。あるか?」 「ええ、あるわ。趣味で作った物もあるけど、いいの?」  製作したものは店で売っているのだから実際に赴いて色々と見てみれば済む話かもしれないが、それは違う気がした。この場所で、仕事を挟まず友人という立場で、彼女の手から作られた物を見たい。  サルヴァはうなずいた。太陽の光を反射する乳白色の飾りが、結晶のようで美しい。 「いい。ニーシャのことが知りたいから」  言って、耳飾りを返そうとニーシャへ差し出したところで、サルヴァは彼女の様子に首を傾げた。わずかに見開かれた目は揺らぎ、その瞳に喜色と動揺の色が複雑に混ざっている。思いがけない彼女の反応に、サルヴァは目を瞠る。咄嗟に彼女の名を呼んだ。 「ニーシャ。どうした?」  はっと我に返ったニーシャから、鋭く空気を吸い込む音が聞こえた。息を詰めていたようだ。  明らかに先ほどと様子の違う彼女に、サルヴァは心配から眉をひそめた。しかし、そのまま声をかけようとしたサルヴァを遮るように、嬉しかっただけだとニーシャは薄くほほ笑んだ。  普段どおりの笑みと声色に、サルヴァは言葉を呑み込む。聞いてもはぐらかされることは、なんとなく予想できた。  ニーシャがサルヴァの手から耳飾りを回収する。それを留め具と一緒に上着のポケットにしまいながら、「明日は?」と彼女が問う。  サルヴァはここ数日の業務量と各地方に出ている船の予定を頭の中で確認してから、うんとうなずいた。 「大丈夫だ。昼でいいか?」 「ええ。その時にいくつか持っていくわ」 「ああ。楽しみにしてるな」  歯を見せて笑うサルヴァに、ニーシャも嬉しそうに目を細めた。  じゃあまた明日、と小さく手を振って去って行く彼女の背中を見つめる。コバルトブルーが見えなくなってから、サルヴァは海へ向き直った。浅瀬の鮮やかな翠色から沖の濃青色へ変化する海面に、先ほどのニーシャを重ね見る。
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