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雪が溶けた山道は初草と小さな花々で彩られていて、萌え木はみずみずしい色を透かして並び立つ。
サルヴァは軽い足取りで山道を登っていく。迷うことなく足を進めるその先で、一等好きな景色を一望できるのだ。その場所を知ってからは季節関係なく頻繁に足を運んでいたが、ここ最近は時間がとれずにいたため久しぶりだ。
(晴れてるし風もちょうどいい。航行日和、散歩日和だな)
よっ、と軽い一声と共に岩から岩へ足を掛けて上っていく。
この山は緩やかではあるものの、目的地への主要な道には岩や石崖もあり、平坦とは言い難い。整えられた道もあるようだが、入山口が遠いため、サルヴァは使ったことがなかった。
山の中を進んで行き樹木の並びが途切れると、その先にひらけた空間が現れる。外壁と思しき残骸が一部取り残されており、はるか昔に誰かの別荘か何かがあったのかもしれない。それくらい、景色の良い場所なのだ。どこまでも広がる碧い海が眼下に一望できる。
贅沢にも、今日もその景色を一人で満喫するはずだったサルヴァは、定位置である外壁の残骸の近くまできて、不意に足を止めた。
崩れた外壁のそばに立つ一本の円形の石柱。その天辺に、少女が腰かけている。
風景に溶けこんでいて気がつかなかった。
背中で風に揺れるコバルトブルーの髪。まるで大海で揺れる波のようなそれに、サルヴァは目を奪われた。
「こんにちは」
そよ風に乗って届いた声は、涼やかだ。綺麗な声で紡がれた言葉が宙に漂う。
少女の視線が、サルヴァへ注がれていた。
「………………あっ、俺だよな。こんにちは」
珊瑚礁の海を思わせる透き通った翠。その双眸が、ぱちりと瞬く。
表情は薄いが整った面立ちだ。性別関係なく視線を集めるだろう容姿だが、サルヴァは初めて見る顔だった。
「ここでほかの人に会うのは初めてだ。君もよく来るのか?」
「ええ。いつもは、早朝とか夕方に」
「なるほど。それなら会わないはずだ」
「あなたは?」
「俺は、ほとんど昼かな。たまに夕方もあるけど」
早起きは苦手なんだ、と眉を下げて笑いながら、サルヴァは外壁の残骸に浅く腰かける。
眼下に広がる、密集する木々の緑と石造りの町並み。港に停泊する船。陽の光を反射して輝く青々とした海。その景色は見慣れたものだが、相変わらず綺麗だ。
サルヴァが左隣の石柱を見上げると、絹のスカートから伸びる細い足が視界に入った。短いブーツが、ゆらゆらと揺れる。
仰ぎ見た先の少女は、気持ちよさそうに目を細めながら視線を正面へ真っ直ぐ投げていた。遠く先の海面を見ているのだろうか。
「普段もそこからか?」
「ええ。高いところからの方が、もっとよく見えるから」
「それはわかるけど、よく上れたなぁ」
「その外壁を使えばなんとか。……でも上ってる姿は人に見せられないわ」
「ははっ、じゃあ俺はこの時間に来て正解だな」
「ふふ。そうね」
笑い声と共にわずかに緩んだ少女の横顔につられて、サルヴァはもう一度軽やかに笑った。
「港の東側、あそこで働いてるんだ」
サルヴァは、港近くの倉庫や建物が集まる区画を指差した。
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