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「商家なのね」 「ああ。俺のところは交易を中心にしてる。船で各地に行って取引してるんだ。――っていっても、俺は船外でのサポート役だけどな。裏方も勉強しろって言われててさ、もう一年近くは乗ってないんだ。君は?」 「……私は、あっち。広場から西にそれた辺り」  白く細い指が、左方に振られた。  彼女が指し示すのは、港から北へ伸びる道を上がった先の、中央広場のある区画だ。  広場の中央には噴水が間断なく流れ、それを眺めるようにベンチが外周を囲んでいる。さらに広場の中心を挟むようにさまざまな商店が立ち並び、憩いの場や待ち合わせ場所として利用されてるそこは、いつも人で賑わっていた。  そこから西に入れば、衣服や装飾、雑貨などを扱う店が多かったはずだ。  服装や身の回りの物にあまり気を遣わないサルヴァには、馴染みの浅い区画である。 「何を売ってるんだ? それとも作ってる?」 「どちらも。装飾品を扱っていて、作った物を売りに出してるの」 「へぇ! じゃあ職人か」 「ええ。でも私はまだ全然。最近やっと商品として並べる許可が出たけれど、まだまだ一人前には遠いわ」 「じゃあ、一人前目指して修行中か」 「そうね」 「そっかそっか。じゃあ、俺も似たようなもんだから修行仲間だ。お互いがんばろうな」 「――……」  翠色の双眸を瞠る少女に、サルヴァは「なっ」と笑いかける。一瞬、少女の表情が強張ったように見えたが、そうと判断する前に彼女は小さく相好を崩した。おかしそうに眉を下げて、目を細め、控えめな笑い声と共に、「……そうね」とうなずいた。  その瞳が、太陽の光できらめいている。穏やかに水面を揺らす海が、そこにあった。サルヴァは視線を外せなかった。  その時、ふと少女が空を見上げた。 「そろそろ戻らなきゃ」 「んっ?」  我に返ったサルヴァの目の前で、少女が軽々と柱の上から飛び降りる。慌てて腰を上げるも目の前で危なげなく着地した彼女に、サルヴァは「……お見事」と、中途半端に差し出した手をそっと下ろした。  まだこの場に留まるつもりのサルヴァは、彼女へ明日も来るのかを尋ねようとして、はたと気づく。  なあ、とスカートの裾を直す少女へ声をかける。  首を傾げて続きを待つ少女に、サルヴァはへらりと笑った。 「名前、聞いてもいいか?」 「あ」  そうだった、と音にならない声が聞こえた気がする。お互いに名前を知らずに会話を続けていたとは、なんとも間抜けな話だ。 「俺はサルヴァ。君は?」 「ニーシャよ」  ニーシャ。サルヴァはうなずき、確認するように彼女の名前を声に出す。それから、おどけた調子で続けた。 「修行仲間兼友人、っていうのはどうだ?」 「ふふ。そうね、私もそれがいい」 「よかった。それじゃあ、」  右手を差し出して、サルヴァはニッと笑う。 「これからよろしくな、ニーシャ」 「――こちらこそ、サルヴァ」  涼やかなほほ笑みと共に重ねられた手。その細く繊細で、使い込まれている手を、サルヴァはしっかりと握り返した。
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